朝食を食べ、身支度を済ませた蘇芳先生は、病院に向かうべく、玄関に向かった。

ネクタイの曲がりを直した雪愛は。

「…行ってらっしゃい」
「…行って来ます」

ドアが閉まったと同時に、雪愛の携帯が鳴る。雪愛は慌ててそれに出ると、相手は、坂本先生だった。

「…坂本先生、どうしたんですか?」
『…お願いがあって』

「…お願いですか?」
『…はい、ちょっと言いにくいんですが』

…。

電話を切った雪愛は、溜息をつく。まだ、仲直りが出来ていない蘇芳先生と坂本先生。

仲直り出来てからなら、お願い事も受け入れやすいが…

黙っているのもどうかと思い、約束の前日、雪愛は、蘇芳先生に全てを打ち明ける事にした。

…話を聞いた蘇芳先生の表情は、明らかに不機嫌で。雪愛はどうしていいかわからない。

「…それを全て信じろと?」
「…はい。坂本先生の表情に嘘はないと思うんです」

「…尚且つ、明日1日、雪愛を貸せと?」
「…はい」

蘇芳先生は溜息をついた。

「…論文の事については、信じよう。…思い返せば、確かに坂本先生とは違う人に心当たりはある…だが、後者の話は受け入れられないな」

『後者の話』とは。

それは、1日だけ、婚約者のフリをして欲しいという事だった。