「こうなったら、今日は一日、時間を戻してあの頃のように楽しく過ごすわ。あなたもそうしてくれるわよね」

理英子と別れたきっかけとなったのは、卒業後の進路が離れてしまったからだった。
『別れたくない』と、泣いてすがってきた彼女の想いを受け取らなかったのは、俺自身に、もう気持ちが残っていなかったからだろう。

「勘違いしないでね。もう、拓哉のことは吹っ切れているから。楽にしていて。気負ったりされちゃ、やりにくいから」

俺が困っているように見えたのだろうか。理英子は慌てて付け足した。

「分かってるよ。今日は俺も、完璧にやるから」

俺がそう言うと、彼女はニコッと笑う。

「お手並み拝見ね。ふふっ。タヌキ社長をびっくりさせましょう」

「タヌキ社長ね。確かに。あははっ」

彼の見た目を思い出し、思わず笑う。

冗談で俺を笑わせようとしてくれる、彼女の気遣いがありがたかった。
お陰で緊張がほぐれ、相手が理英子であっても、うまくやれそうな気になった。




『突然ですが、お集まりの皆さま。本日は、合併に伴い、もう一つご報告がございます』

二社の合併披露会の中盤で、司会のマイクの声が、会場中に響き渡る。
ホテルの大広間にいる百人近い来賓が、雑談を中断し、司会の方へと目を向けた。

『これから発表させていただきますビッグニュースは、北一運輸と、陵和輸送のさらなる発展を皆様にお約束できることと思います。それでは発表いたします!』

そこで司会が話を区切ると、俺と理英子がスポットライトの光で照らされ、会場中の視線がこちらに向けられた。