「実は私も、お腹は空いてるのよ。そうね。そんなに言うなら仕方ないから、奢らせてあげるけど。食事に付き合うわ」
強がって言った私の言葉に、彼は顔を上げてけらけらと笑った。
「なかなか言うようになったね。わかったよ。じゃあ、腹ごしらえするか。なんでも奢るよ。あ、だけど連れて行きたいイタリアンの店があった。俺の行きたいところでいい?」
「うん。ちょうど仕事の話も少し聞きたいと思っていたの」
「色気がないなぁ。いきなり仕事の話かよ。だけど、一生懸命頑張る部下は応援しないといけないな。なんでも聞いてくれていいよ」
慣れた手つきで、ハンドルを回す拓哉を見るのは初めてだ。
捲り上げたワイシャツの袖口から出ている逞しい腕に、今すぐにでもすがりつきたい衝動を必死で抑える。
まるで、夢の中の世界にでも飛び込んできたような気分だ。
だけど、本当にそうなのかもしれない。まさしくこれは、夢の中。永遠に住み続けることなんてできないのだから。
限られた時間の中でしかない、儚いものだと知っている。
「拓哉。……もう、いなくならないでね。ずっとそばにいてね」
せめて言わせてほしい。
心からの願いを。あなたを求めてやまないのだと。
あの頃と同じように呟くと、彼もあの頃と変わらない、呆れたような優しい笑顔になった。
「……俺の前から姿を消したのは、芹香のほうだよ。俺はいつだって、君から離れない。ずっとね。芹香が嫌だと言ってもだよ。いつもそう言ってきたよね。変わらないよ。なにも」
あなたが次々と見せてくれる、夢物語。
このままずっと、酔いしれていたい。
叶わないとわかっていても、ずっと隣で見つめていたい。
「よかった。拓哉がまたいなくなったら……私はもう、立ち直れないから」
「俺も同じだよ。芹香だけを想ってる」
嘘でもいい。今だけでいい。
もっと私を酔わせてほしい。
あなたの言葉が、心に染み渡る。
胸が締めつけられて、ぎゅっとなった。


