甘いだけの恋なら自分でどうにかしている


息があがっていたので、急いできたのだろう。
連絡してくれていたのかも、気づかなかった。

「行くぞ」と腕を引っ張るので、肩にかけていたバックがずり落ちそうになる。

「待って下さい」と綾仁くんが引き留めた。
「あっ?」と久しぶりに聞いた威圧感のある声に、私がすごむ。

だけど、綾仁くんはひるむ様子もなく
「真唯子さんの事、大事にしてあげて下さい」
「なんでお前にそんな事言われなきゃいけねーんだよ」
「今日の真唯子さんが、不安そうに見えたからです」
「……だからって、言われる筋合いはないが」
「僕、真唯子さんの事が好きです。だから、言わずにいられませんでした」と言うと顕の手の力が弱まり、離れていく。咄嗟に彼の腕を握った。

「ああ、知ってたよ」
ロウソクの火がかき消されたみたいな、静かな答えだった。
「はい」
「悪かったな。今日は、もう帰れ」

綾仁くんはちらりと私を見て、倒れていた自転車を起こす。小さな会釈をして、夜の闇に溶けて行った。