「そうか。じゃあ帰るな」と後方から課長が言うので咄嗟に立ち上がった。見送りくらいしなければ。

なのに、踏み出してすぐ足元にあった自分の罠(漫画)に躓きかけ、「あっぶな」と後ろから抱きとめられた。

「た……倒れるわけないじゃないですか」と、自分からその腕をといた。

「悪かったな。お前、セクハラだと思っただろ。悪いが、お前にセクハラ心など、湧くはずがない」
「わ……わかってますよ」

手にしていたままの小説で軽く課長を叩いてみた。
彼はジロリと睨むと、

「……本で叩くな。使い方間違ってるだろ。本に失礼だ」
「すみません」
「そんなにおひとり様気分に浸らないとやってけないのか?」
「えっ?」
「楽しんでるように見えたから」
「楽しんでません」
と、強く言い返すと、課長は何も言わずに部屋を出て行った。