おじさんは、後ろの押し入れから当時の文集を取り出した。




『抗い』だ。




「君が猿渡って苗字だって訊いてピンときたんだ。風の噂で猿渡さんってお医者さんに嫁いだって訊いていたからね。それに『万智』という名前。短歌が好きな美佐枝先輩が付けそうな名前だよ」




私はおじさんから渡された『抗い』のページ、お母さんの短歌のページを開いた。




『移り行く四季の折々感じつつ 小さきの蟻の叫び虚しく』




「まさか君も美佐枝先輩のように短歌部に入っていたなんてね。人の縁とは素晴らしい」




私は重い口を開いた。




「ごめんなさい。私、短歌好きじゃないんです。つい最近までは文芸部にいたんです。突然連れてこられて、あの隠し部屋でコーヒー飲んだりしてて……でも、でも、そんなこと……お母さんのこと知ってたら、私……そんなことしてなかったです。私、お母さんやおじさんの青春の場所を、とんでもないことに……ごめんなさい。ごめんなさい!」




どぎまぎした私の言葉をおじさんは優しく頷きながら訊いてくれて、カナ先輩は私の肩をしっかりと抱いて、崩れ落ちないように支えてくれている。




「そうだったのか……君は小説が好きなんだね。でも、いいんじゃないかな? 君が今一番したいことを楽しんでやる。美佐枝先輩……お母さんもきっとそれを望んでいるはずだよ」