お彼岸が終わる頃、私の顔はほぼ元通りになった。

碧生(あおい)くんは、9月の最終週に東京に帰って行った。
「またすぐに逢えるよ。」

その言葉通り、それからの連休は全て碧生くんんと一緒に過ごした。
愛情と快楽にどっぷり漬けこまれ、私はますます碧生くんに依存した。


泉さんからは、しばらく連絡が来なかった。
あの日、私が泉さんの寝ている間に帰ってしまったことを怒っていたらしい。
放置していたら、11月の2週め、夜中に電話がかかってきた。

『わっからんわ……』
いきなりそう言われた。
どうやら泉さんは酔っているらしい。

「お久しぶりです。お元気ですか?私は寝てましたけど。」
睡眠を邪魔された私の嫌味は、泉さんには届かなかったらしい。

『自分、魔性の女、ってやつか?何で俺が振り回されなあかんねん。』
……あなたに言われたくないんですけれど。 
「振り回した覚えないですが。むしろ泉さんを忘れようとしてるのに、忘れかけた頃に」

『あほが!勝手に忘れるとか、絶対許さんわ。ちゃんと責任とれや。自分のせいで全然あかんわ。』

意味がわからない。
責任って、何?
「成績、ふるわないなんですか?」
ベッドに起き上がって、手元のランプを付ける。

クッと、自虐的な笑いが聞こえた。
『ずっとろくに寝られへん。百合子とヤッた夜だけや、朝まで寝られたん。……あかん、むかつく。お前、何で、勝手に帰ってん!俺がどれだけショックやった思ってるねん!』

途中で怒り出した泉さんの言葉と声が、私の心を揺さぶった。
「ごめんなさい。よく眠ってらしたので起こすのもしのびなくて。……そんなに眠れてないんですか?」

眠れないまま、練習してるの?
眠れないまま、レースに出てるの?
……身体が資本なのに……

『マッサージの後、寝てしもてるから、全くやないけどな。競走には睡眠剤持ってってるし。』
睡眠剤?
お薬がないと、眠れない?
私は言葉を失った。

『何、黙ってんねん。辛気くさいなあ!何かしゃべれや。』
泉さんの後ろで歓声が聞こえたような気がした。
「今、どこですか?お家じゃないんですか?」
『ああっ!?家におっても寝られんからな。飲みに来てるわ。』
「お1人で?」
『今は?他の奴らは、とっくに女、持ち帰りよったわ。』

合コンか何かだったのかしら。
「泉さんは?お好みの女性、いらっしゃらなかったんですか?」
何を聞いてるんだろう、私。
さすがに泉さんも引っかかったらしい。

『百合子に言われたぁないわ!お前は?顔、戻ったんけ?』

そう言えば、前回逢った時はひどい顔してたんだ、私。