今、鐘が鳴る

お昼から、デパートの外商さんが来ていた。
母は、碧生くんに着物と袴を作るつもりらしい。

まあ、お茶でも謡や仕舞いでも使えるから、いくつあってもかまわないのだろうけど。
ついでに……あくまで「ついでに」、私の小紋も誂えてくれるらしい。

帯揚げを見ていると、携帯電話が震えた。
碧生くんかしら。

画面に表示されている名前は、「泉勝利」。
……泉さん。
オールスター、今日までだったっけ。

時計を見ると、14時半。
勝ち上がれず、早い時間に解放されたのね。

「ではこちらでよろしくお願いします。」
松の緑が印象的な帯揚げを選んでから、私は自室へと向かった。

電話は2度切れていたけれど、3度目の着信で出ることができた。
「はい。」
『俺や。自分、ほんま、出るん遅いわ。』
泉さんは何だか元気がないように思えた。

「ごめんなさい。来客中でしたもので。お疲れさまでした。」
そう言ってみたものの、レースも結果も見ていないので、いまいち心がこもらなかった。

泉さんは、少し苛立ってるような声で言った。
『今晩、逢いたい。』

なんですって?
逢いたい?
そんな、ストレートな言葉を聞けるとは思わなくて、私は動揺した。

「あの、無理です。」
このボコボコに腫れたひどい顔を泉さんに見せられるわけない。

泉さんは、ため息をついた。

私は、耳を疑った。
これまでのように、憎まれ口を言いながらあっさり電話を切ると思ったのに。

『何で?彼氏、そばにおるんけ?』
泉さんの言葉が私の胸に突き刺さった。

碧生くんと付き合ってるんだ泉さんの中で、私。
なのに、こんな風に誘うんだ。

しょせん遊びでしかないなら、別のパートナーがいたほうが後腐れなくて、いい?
……て、それは義人さんの言葉だったっけ。

「誰もいません。」
そう返事しながらも、私はまだ戸惑っていた。

『ほな、いいやん。なあ。百合子に逢いたいねん。』
泉さん?
ほんとに、あの泉さんなの?
信じられない。

「あのそんな風に言ってくださるのはうれしいのですが私、今、ちょっとひどい顔になってて、とても、泉さんにお見せできる状態じゃないんです。」
『何で?おたふく風邪け?』
「もっとひどいことになってて。紫外線アレルギーらしいのですが。」

正直にそう言うと、泉さんは笑ったようだ。
いつもの皮肉っぽい笑いじゃなくて、おかしくて笑っているらしい。

『紫外線て!ほんまにお嬢さまなんやな。びっくりするわ。別に俺はかまへんけどな。どんな顔でも。』

私もびっくりするわ!
何?
何だか別人なんですけど!泉さん!