今、鐘が鳴る

「碧生くん痒いの」
泣きそうになりながら、私は碧生くんに訴える。

「ちょっと待って。」
と、碧生くんが取り出したのは、青いチューブのお薬。
コートエイドというアメリカのかゆみ止めらしい。

「蚊に刺されたらと思って持って来てたんだけど」
そう言いながら、碧生くんは私の顔と首に丁寧にチューブのクリームを塗ってくれた。

痒いはずなのに、くすぐったくて、気持ちよくて結局私は碧生くんに甘やかされることに慣れてしまったようだ。 

すぐに岸に戻ってボートを返却し、車に戻った。

碧生くんは、最寄りの皮膚科医に連れて行ってくれた。
飛び込みだったけれど、うら若き乙女の顔がボロボロになってしまい泣いているので、すぐに診察してくださった。

その頃には、皮膚の赤みやぶつぶつだけでなく、顔全体が岩のようにボコボコに硬くなり膨れているようになっていた。

原因は、なんと、日光!紫外線!
私の肌は、太陽光に対してアレルギーを引き起こしたらしい。

「水辺は照り返しもきついんですわ。」
と、医師に言われた。




「すみません!何も考えずに連れまわした俺の責任です!」

帰宅するなり、碧生(あおい)くんは母と義父に謝った。
母は、真っ赤に膨れ上がった私の顔を見て、最初こそ絶句したものの、紫外線アレルギーと聞いて高らかに笑った。
「碧生くんの責任じゃありませんよ。どうせ、百合子が日焼け止めをきちんと塗ってなかったのでしょう?」
母の指摘に私は首をすくめた。

全く塗ってないわけではなかったが、確かに9月になってからさぼりがちになっていた気がする。
もう夏も終わり、と油断したかもしれない。

「お薬の塗布と服用で、2、3日で改善するようです。」
私は、医師の言葉を母に伝えた。

その夜から、碧生くんは私に薬を塗る使命感に妙に燃えた。

もちろん鏡を見れば自分で何の問題もなく塗れるけれど、別人のようにひどく膨れ上がった顔を見るのも嫌な私は、碧生くんの好意に甘えた。

ただ薬を塗ってもらうだけなのに、心地よくて……。

そう言えば、小さい頃、髪にブラシをかけてもらうのが好きだったことを思い出した。
単にお世話してもらったり、甘やかされたりするのがうれしいだけかもしれないけれど。



翌日はお茶のお稽古だったけれど、私はお休みさせていただいた。
碧生くんだけがお稽古に行き、ついでに資料館へ寄るそうだ。

「なるべく早く帰るよ。お土産は何がいい?」
「抹茶の最中のアイスクリーム。」

巷(ちまた)にはいくらでもあるけど、私は聖護院近くのお茶販売店のものが好き。

遠回りになるのに、碧生くんは快く引き受けてくれた。