今、鐘が鳴る

どれぐらいたったのか目覚めた私に、碧生くんが空を見上げたまま、ポツリと言った。

「日本の野生の白百合って、可憐なのに、それぞれ好き勝手な方向を見てるというかおもしろいね。」
「急にどうしたの?」
「うん。7月の終わりに謡いの浴衣会で箱根に行ったら、法面(のりめん)のあちこちにぴょこんぴょこんと出てた。あんな風に咲くって知らなかった。昨日も滋賀で咲いてたろ?」

のりめん……道路とか橋の斜面部分よね。
この時期は人家のお庭でも咲いているし、私にとってはありふれたもので、今さら気にもとめなかった。
「アメリカの百合は違うの?」

碧生くんは、少し目を閉じた。
「まあ、花屋に行けばいくらでも種類はあるけど、山で自生してるのは、鮮やかな黄色や、オレンジ、緋色の百合が多いかな。まっすぐ立って群生してるイメージ?だから、白百合の頼りなさに驚いたよ。頭が重いから撓(たわ)むんじゃないか、って。」
碧生くんの中で、私のイメージがそんな風にか弱げに変わったということだろうか。

「丹後の小さな無人島で、島全体に大きく鮮やかな鬼百合が群生してたのを見たことがあるわ。強くてたくましかった。そんな感じかしら。」

「鬼百合!?すごいネーミングだね。」
碧生くんは少し笑ってから言った。

「どんな百合も、この百合には適わない。綺麗だよ。」

!!!

不意打ちだわ。

こんなにまったりした、とろけそうに気持ちのいい状態でそんなこと言われたら心に沁み入って、ぐにゃぐにゃになってしまう。

「百合子顔、熱い?赤いよ。」
それは、碧生くんが、恥ずかしがらせるから。

碧生くんは、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、手を伸ばして私の頬に触れた。
胸が、ドキドキする。

「百合子?マジで、熱い。大丈夫?熱、ある?」
碧生くんは、起き上がって私を少し抱き寄せると、額をくっつけてきた。

間近で見てもカッコいい碧生くんに、さらにときめいた。
「熱いけど何か違う?ブツブツ?」

え?
ブツブツ?

驚いて私は自分の両手を両頬にあてがった。

ブツブツしてる!
どうして!?

いつもと違い過ぎる、ブツブツザラザラした自分の顔に驚いて、慌てて鞄を開けた。
以前碧生くんがくれた紅のコンパクトの鏡で顔を映してみる。

イヤーッ!?
気持ち悪いぐらい赤い湿疹が顔全体に出ていた。
ううん、首筋にも!
蕁麻疹(じんましん)?

あ、しかも、何だかかゆい!?

特にまぶたがムズムズしてきた。

でも、顔をかきむしって、もし傷になってしまったらど、どうしよう。