9月に入ってすぐ、碧生(あおい)くんが突然やって来た。
正直、私は後ろめたかった。

「お帰りなさい。早かったのですね。」
「ただいま。早く逢って、修復したくってね。」
私との関係の修復?

上手く微笑むことも、返事することもきない私の手を取って、碧生くんは片膝をついた……玄関先で。
「あの、上がってください。母が喜びます。それに、ここでは人目もありますから。」

「先に百合子にちゃんと俺の気持ちを伝えたいから。」
碧生くんはまっすぐ私を見つめた。
その瞳がとても澄んでいて、私はつい目をそらしてしまった。

「ごめん。百合子にそんな顔させてるの、俺の責任だと思ってる。でも、やり直させてほしい。もう一度、百合子が安心して俺を頼って甘えてくれるまで、俺と時間を共有してほしい。今、何を言っても無駄かもしれないけど結婚してほしい。」

碧生くんは誠意あふれる言葉と一緒に、大きなダイヤモンドの指輪を差し出した。
「こんな立派なもの、受け取れませんわ。」

何カラットあるのだろう。
母のダイヤよりも大きいかもしれない。

「いや。これは百合子のものだよ。俺の気持ち。今はプロポーズを承諾してもらえなくても、これから何度でもお願いするから。とりあえず、第1回めの記念にもらっておいて。」

碧生くんはスッと立ち上がって、私の手の甲に口付けた。
何度も?
どういう意味?

「まあ!碧生くん!帰ってらしたのね!おかえりなさい。」
母が満面の笑みで迎え出た。

「おばさま!お会いしたかったです!」
碧生くんもうれしそうにそう言って、母を抱きしめた。
母は真っ赤になっていたが、うれしそうだった。

家政婦さんのキタさんが、おいしいコーヒーを入れてくれた。
「んー。やっぱりキタさんのコーヒーが一番美味しい。ありがとう。」

碧生くんはご満悦だ。
私は指輪をはめるわけにもいかず、ただ、いじっていた。

目ざとく母が見つけたようだ。
「百合子、それ碧生くんが?」
「はい。いただきました。」
うやうやしく母に渡す。

母は、光に透かして眺めた。
「エンゲージリング、ですか?」

私は碧生くんを見て返事を促し、碧生くんは苦笑して言ってくれた。
「百合子が俺にその指輪をはめさせてくれたらエンゲージリングになりましたけど、残念ながら、そいつはなり損ねた、ただのダイヤの指輪です。」

ただの指輪。

「おばさまにも、どうぞ。」
碧生くんが取り出したのは、緑の裸石。
「指輪にするか、ネックレスにするか、ブローチにするかよくわかんないので石のままですけど。」

母は石を受け取って、ほうっとため息をついた。

「なんてすばらしいトラピチェ・エメラルドでしょう。」