「俺、家、帰る気ぃないねんけど、百合子も来るけ?」
泉さんがそんなふうに言い出したのは、八日市を過ぎた頃。

「無理です。帰宅します。」
さすがにそれは無理だろう、と、キッパリ断った。

苦笑してから、泉さんは手を伸ばして私の頬をつねった。
「いだだだっ」
けっこうしっかりつねられて、痛みでつい声が出る。

「俺が誘ってやってんのに、なに、偉そうに断ってんねん。むかつく。」
「泉さん!暴力反対!百合子さんを虐めんとって!」
慌てて由未さんがそう止めに入り、泉さんは興醒めしたように手を放した。

「大袈裟やなあ。じゃれてるだけやん。」
「赤くなってる!DVですよ、それ!」

ひりひりする頬を押さえながら、由未さんと泉さんのやり取りを見ていた。
私は由未さんのように、ちゃんと意志が伝えられない。
特に、泉さんには。
泉さんに誘われて、ひとときを共に過ごすことはできても、それ以上は絶対に無理。
考えられない。
そんな先の見えない状態なのに今も、一瞬たりとも泉さんから目が離せない。
つねられようが、何をされようが、触れられているだけで満たされるのも確か。

このまま、誰もいないところに行きたい。
心がなくてもいいから、身体だけでも愛されたい。
重症だわ、私。

不思議なぐらい、頭から碧生(あおい)くんのことは消えてしまっていた。

何ヶ月もかけて忘れようとしていた泉さんは、すっかり私の中で蘇ってしまった。

何の希望も、未来も夢見ることができない関係なのに。

夕べ由未さんに、泉さんとのことを応援なんかしないでむしろ止めて欲しいとお願いしたのは、心からの本音。
なのに、刹那的ってわかっていながらも、泉さんに恋い焦がれている。

完全に私は自分を見失ってしまった。




家のそばで、由未さんと2人、車から降ろしてもらった。
「水島くん、ありがとう。泉さん、ごきげんよう。」

車を見送ってから、由未さんがつぶやくように言った。
「百合子さんが泉さんに惹かれる理由、わかった気がする。」

え?

「どうして?私自身は全くわからないわ。宇宙人にしか思えないのよ。」
そう尋ねると、由未さんは苦笑した。

「DNA。泉さん、うちの父に似てるわ。傲慢で強引で、自分しか信じてないし誰も愛してないくせに、男も女も惹きつける。」

竹原に?

「それは思いもよらなかったわ」
由未さんは私の肩を抱いた。

「自分の能力や立場に自信満々そうに見えて実は卑屈なところも重なるわ。いかにも高値の華に憧れて手を出してしまうところも。」
私のこと?

「憧れられてなんかいないわ。暇つぶしみたいなものでしょ?」
私がそう言うと、由未さんは私の肩をポンポンと軽く叩いた。

「約5時間、観察して確信した。泉さんは、今は百合子さんが好きみたい。でも、百合子さんが悲しい顔すると水島くんも悲しい顔になってん。水島くんも百合子さんが好き。客観的に見て、水島くんのほうが泉さんより幸せにしてくれると思う。もちろんベストは碧生くんね。でも、百合子さんの気持ちが今はどうしようもないぐらい泉さん一択なのもわかった!しょうがないわ!もう。あきらめよし。気が済むまで泉さんとつきあってみたら?」

つきあう?泉さんと?

……無理。