「早よ、乗り。……なんや、着物ちゃうんか。」
突然、泉さんが私の目を捉えた。
心臓がすくみ上がる。

逡巡してると、泉さんはシートの少し奥に移動して、自分のすぐ横をポンポンと叩いた。
来い、と!?
勘弁してください。
泣きそう。

でも由未さんは私の持っていた鞄を引いて
「ココ、荷物置き場。」
と、自分の左横に強引に置かせた。

私の座る場所は、泉さんの隣しかないらしい。
「失礼します。」
そう言って、泉さんの隣に座った。

き、緊張し過ぎて、顔も身体もガチガチ。
せっかくの美味しいます寿司も、一切れしか食べられなかった。

当然のように泉さんが手を伸ばしてきて、平らげてしまった。
お茶も、何の断りもなく私のを飲むし。

遠慮のない奔放な泉さんを見ていると、生きた心地のしなかった昨日を思い出して、少し泣けた。
生きていてくれてよかった。
もう、それだけで充分。

最初はそう思ったのだが……。



「薫ー!嫁!」
北陸自動車道から名神に入る直前、泉さんがそう言いながら自分の電話を水島くんに放り投げた。
「俺、運転中ですってば。」
水島くんはそう言って泉さんのスマホを投げ返した。

泉さんは、嫌そうに電話に出た。
「もしもし?はあ!?そんなもん知らんわ!何や、それ。あー!ほな好きにせえや!知るか!」
喧嘩してる。 
嫁って、電話の相手は、泉さんの奥様なのよね? 
しかも、そんな電話しながらも、泉さんは私の目をじっと見つめてて息苦しかった。

「うるさい!勝手にせえ!」
最後はそう叫ぶと、泉さんはスマホを叩きつけるように投げた。
ガチャンと割れる音がした。

「師匠!」
水島くんが悲鳴をあげるようにそう叫んでたしなめた。

泉さんのスマホは、車のガラスには当たらなかったけれど、フレームに当たって割れてしまった。

由未さんが目を剥いて、ポカーンとしていた。
い、いたたまれない。

しかも泉さんはふて寝してしまった。
私の膝に勝手に頭を預けて、完全に横になって!

膝枕!
私、泉さんに膝枕してるー!

どんな顔すればいいのかわからない。

半泣きで由未さんを見る。
由未さんも、ミラー越しに見える水島くんも、何とも言えない同情の目で私を見ているように感じた。


もし泉さんが本当に目をつぶって眠ってくれるなら、素直に幸せを噛みしめられたかもしれない。
でも泉さんは眠るつもりはないらしく、気まぐれに私を撫で回したり、強引にキスしたり本当にやりたい放題。

さすがに泣けてきた。
これ、何の拷問?
恥ずかし過ぎる。
こんなの、ひどい。

由未さんも水島くんも前を向いて座り、振り返らないようしてくれてるみたいだったけれど、そういう問題じゃないし。

でも、逃げられない自分がまた悲しくて。