今、鐘が鳴る

「経歴はご立派ですけれど、財産云々おっしゃるほどとは思えないのですけれど……」
母の疑問に、恭匡さんは苦笑した。

「日本ならそうなんでしょうけれどね、アメリカは知的財産権がしっかりと守られてますからね。ひいおじいさんもおじいさんもお父さんもお兄さんも特許をお持ちですし、お母さんもかなり優秀みたいですよ。」

……お話をうかがってても、全く見当がつかない。
狐につままれた気分。
キョトンとしている私に、恭匡さんはおっしゃった。

「カリフォルニアの遺産相続税は市民なら500万ドルまで控除されるんだ。……碧生くんはお兄さんと分けても余裕でオーバーしてしまうみたいだよ。当然、日本に永住する気だから控除はされず、まるまる税金がかかってしまうんだけど。そのあたりを家族で調整する必要があるんじゃないかな。税金で取られるぐらいなら、親戚に配った方がマシだろ?」

500万ドルって……。
絶句してしまった。

「ただでさえカリフォルニアって税金が高いらしくて、普段から節税意識高いらしいです。お父さんもお母さんも、お給料の額面の半分が税金で、手取りは半分なんだそうです。」
由未さんが、何だか申し訳なさそうに言った。

「ねえ。ちゃんとそういうことまで説明してってくれないと、わけわかんないよね。僕も、碧生くんにしては珍しくこじらせてると思ってたんだけど……やっぱり彼もお金のことでゴチャゴチャ言いたくなかったんだろうね。」
恭匡さんは鷹揚にそう言った。

「何だかんだゆーて、自信家でプライドも高い人やから、自分の稼ぎじゃなくて、親や家のお金をひけらかすのも嫌なんでしょ。開き直ってくれたほうが周囲も楽なのに。ね~。」
由未さん、ちょっときつい……。

2人が一生懸命、取りなしてくれる気持ちはよくわかった。
両親も、何となく事情を理解して納得したようだ。

でも、私だけが愁眉を解くことができなかった。
私にとって、そういう背景は問題じゃなかったから。

碧生くんが私の気持ちを無視して、勝手に進めるのについていけない。

すっかりとしらけてしまった気持ちを持て余し、家族ぐるみの付き合いの不自由さに息が詰まりそうだった。






突然の電話は、いつも不吉。
……それは、8月の最終週のお茶のお稽古の日に来た。

9月半ばまでは由未さんは恭匡(やすまさ)さんと京都にいらっしゃるので、お稽古には由未さんもご一緒。
穏やかな会話を交わせる程度には打ち解けてきた私たちは、お稽古の後に少し寄り道するようになった。

甘味屋でかき氷を食べていると、スマホが震えた。
「……母かしら?失礼。」
取り出して画面を見る。
知らない番号のようだ。
じっと見ていると留守電になった。

録音されたメッセージに耳をあてる。
『水島です。師匠が、落車して、意識戻らなくて、うわごとで百合子ちゃんを呼んでて……ごめん、俺、どうしたらいいのか……』

頭が真っ白になった。

泉さん?

どうして?