大谿川(おおたにがわ)にかかる素敵な橋から川面を眺めながら、碧生くんが言った。
「さっき水島が、師匠が失格になってまた八つ当たりされる、ってメールを寄越してね……」

「……そうですか。」
声がかすれる。

碧生くんは苦笑して、風に乱れた私の髪を整えてくれた。
「敬語になってる。……無理しなくていいんだよ?百合子に後悔してほしくない。」

優しすぎるよ、碧生くん。
普通は「行くな」でしょ?

「関係ないから。」
私は何の気なしに言った自分の言葉に、傷ついた。

関係ない。
あの人には奥さんも、他にも女性がいる……本人がそう言ってるんだもん、そうなんでしょう。
私は、ひとときを共有しただけの存在。
それでいい。

橋の欄干に手をついて、風に揺れる柳の明るい新芽を見て涙をこらえた。
ふわりと背後から碧生くんが私を抱えるようにくっついた。
碧生くんの両手が私の両手に重なった。

「じゃ、つきあう?」
耳元で囁くようにそう言われた。

……また?
そう思って黙ってると、碧生くんはさらに言った。

「好きだよ、百合子。誰よりも、愛してる。」


最初は軽い人だと思ってたけど、いつもその言葉には誠意が溢れていて……さっきとは違う意味合いの涙が私の目からホロホロとこぼれた。
「ありがとう。うれしい。……心に、沁みる。」

そう言って、碧生くんの腕に頬を擦り付けた。

碧生くんは私のうなじに唇を寄せた。
「百合子がつらいのなら、引き留める権利が欲しくなった。」

……ちゃんと見抜かれたみたい。
どれだけ泉さんに恋い焦がれても、これ以上は無理って思ってることを。

「甘えていい?碧生くんの気持ちに。」
しばらくして、私は意を決してそう言った。

「最初からそう言ってるじゃん。」
碧生くんはそう言って、私の頬に口付けた。

「……最初とは違って、私、碧生くんのこと、かなり好きになってるから、傷つけたくない。」
唇がまぶたに、額に、耳たぶに、どんどん移動するのがくすぐったくて心地いい。

「それで充分。my sweet.」
碧生くんはそう言って、さらに深く私に覆い被さるようにして、私の唇にそっと自分の唇を重ねた。

山のほうから鐘の音が聞こえた。
そういえば、と碧生くんがクスリと笑った。
「……さっき『夢が叶う鐘』ってのを鳴らしたんだ。……俺、早速、夢、叶っちゃった。」

いつの間に!?
「ずるい!私も!」

私がそう言うと、碧生くんはとろけるような瞳で微笑んだ。