「……では、お母さま、秋にご一緒に歩きますか?京都から出石まで。」
冗談のつもりで言ったのだが、碧生くんは乗り気になった。
「是非!160kmなので、頑張れば3日、まあ5日もあれば余裕で到着できますよ。」
母は慌てて断った。
……そりゃそうだろう。

「百合子は碧生くんと一緒に歩く気ですか?大丈夫かしら……日焼けもしますわよ。」
そう尋ねられ、私は曖昧に首をかしげた。
「どうでしょう?途中でリタイアするかもしれませんが。」
大丈夫だよ、と碧生くんは気楽に言った。

円山川の雄大な風景を楽しみながら川沿いを走り、城崎に到着。
碧生くんが予約してくれてたのは、母が好きなお宿で、歴史も由緒もある一流旅館。

「今回はご両親が一緒だからココ。次は向かいの旅館に来たいんだ。」
入る前にコソッと私にそう耳打ちした碧生くんだったけれど、玄関からのお庭が気に入ったらしく、英語で感嘆していた。

しかも日本酒のウェルカムドリンク。
義父と碧生くんは少しいただいて、上機嫌になった。
……たぶん次からもここがいいと思うんじゃないだろうか。

階段を上って降りて歩いて歩いて通していただいたお部屋は、別館にある露天風呂付きの特別室。
広くて綺麗だけど、お庭の雰囲気は本館のほうが好きだったな。

「せっかくですから、明るいうちに外湯に行かれますか?」
碧生くんはそう言ったけれど、一杯飲んだ義父と少しお疲れの母はしばらく休みたいらしい。
「あなた達だけでいってらっしゃい。」
と言われ、碧生くんの目がキラリ。


気づいたら、情緒ある外湯巡りではなく、いつもの「観光」と言うにはハードな史跡巡りに連れ回された。


ロープウェイで山頂へ上がると、城崎の町だけじゃなく、円山川、そして日本海までが一望できた。
「いいところだね。」
しみじみと碧生くんが言った。

「ええ。山と川と海が調和してて、好きよ。」
私もそう言ってほほえんだ。
「ありがとう。連れてきてくれて。」

碧生くんはうれしそうに言った。
「運転してくれたのはお義父さんだけどね。でもこれからも、色んなところに行こうよ。俺、北海道と東京と京都しか知らないんだよ、まだ。百合子はどんなところが好きだった?」

「……私はどこでも。母は旅館やホテルのサービスとお料理重視だから、どこへ行ってもあまり観光はしてないの。」
「そんな感じだね。関西なら有馬、白浜?東京にいらした頃は、軽井沢と箱根?」
正解!


温泉寺駅まで降りて、境内を見て回った。
本堂は南北朝期の建築で重要文化財。
さらに薬師堂まで降りてく。
このあたりは江戸期の建物。

碧生くんはうれしそうに温泉卵を作ろうとしている。
……明日、寄る予定の湯村温泉でも作るだろうに……何でもやりたい人なのね。

待ってる間に、お手洗いへ行った。
ふと携帯電話の着信履歴に気づく。

誰かしら。

おもむろに操作して……心臓が止まるかと思った。