「……ダメだってわかってるの。早く忘れたいの。」
紛れもない本音が涙とともにこぼれ落ちた。
「私には関係のない人なのに……くやしい……」
何度も「くやしい」とつぶやいて泣いた。

碧生くんは私をそっと抱き寄せて、涙だらけの顔を自分の肩に押しつけた。
「せめて俺がそばにいる時ぐらい、一人で泣かないで。」

「服が濡れるわ。」
「いいよ。気が済むまで泣いて。無理して笑わなくていいから。」

ふわりと髪を撫でられる。
心地よさと安心感で、頑(かたく)な心がほどけていく。
にじみ出た涙をそのまま碧生くんは受けとめてくれる。

「……碧生くんを好きになりたい……」
これ以上なく失礼で残酷な言葉さえも、碧生くんは背中を撫でて受け入れてくれた。

「ごめん。俺に魅力と努力が足りなくて。ずっとそばにいてあげられなくて。……でも、たぶん今じゃないんだよ、俺達。」
今じゃない?

碧生くんは泣いてる赤ちゃんをあやすように、私を抱えてゆらゆらと揺れていた。
ほとんどだっこされながら、私は碧生くんの言葉の続きを待った。

「やすまっさんは~、由未をいつから好きだったか、知ってる?」
「恭匡(やすまさ)さん?いいえ。……いえ、子どもの頃から可愛がってらしたのは知ってるけど。由未さんが東京へ行かれてから?あ!もしかして、恭匡さんのお父さまのお葬式で再会されたのかしら。」

碧生くんは答えずに、続けて聞いた。
「じゃあ由未の恋愛遍歴は?知ってる?」

由未さん?
「全く。同じ中学でしたけど、彼氏はいらっしゃらなかったと思いますわ。」

碧生くんは、言葉を選び選び、言った。
「やすまっさんが由未を見初(みそ)めたのは初対面、でも由未の父親に反発してたからずっと会えなかったんだって。」

初対面って、ほんっとうに子どもの頃のこと?

「でもあの人、暗くて執着心強いだろ?ことあるごとに由未の身辺探って、独りで悶々としてたらしいよ。」

恭匡さん……ストーカー?

「だから結婚した今でも、由未は自分が忘れてる細かいことをいつまでも怨まれて、ネチネチと虐められて……て、いや、俺が言いたいことはそれじゃなくて、要は!」

碧生くんは手を振って仕切り直した……言葉を選んでた割には主旨がずれたらしい。

「要は、やすまっさんは、由未の周辺の男関係も、片想いも失恋も黙って見守ってきたんだって。由未がやすまっさんに目を向けるまで。」

そう主張されて、私は苦笑してしまった。