「こんにちは~。みなさん、お変わりありませんでしたか?このたびは、お世話になります。」

4月の最終週、碧生(あおい)くんが東京からやってきた。
ゴールデンウイークって、5月に入ってからじゃなかったのね。

「いらっしゃい。楽しみにしてましたのよ。」
ニコニコ顔の母に出迎えられ、碧生くんはうれしそうに言った。

「ありがとうございます!百合子にはもちろん会いたかったけど、俺、おばさまにもお会いしたかったです!優しくしていただいて、日本の母って、勝手お慕いしてました!」

「……まあ……。」
歯の浮くような台詞だけど、碧生くんは本気でそう思っているのだろう。
意固地な母にもその誠意は伝わるらしく、珍しく母は絶句して目を潤ませた。

「てゆーか、俺の母親って忙しい人で、家事もしないし、子育てもノータッチだったんですよね。だから、勝手におばさまに理想の母を感じてました。」
母は、ホロリと涙をこぼした。

……どういう気持ちで、今、泣いたのかしら。
母の心中を覗いてみたくなった。

うちの母だって、家事も子育ても一切しなかった。
碧生くんのお母さまのようにバリバリ仕事されてたわけではない。
元旧華族の家にお姫さまとして生まれた母は、身の回りのこともすべて人任せで当たり前。
いつも身綺麗にして、趣味と教養に生きている人。

「今回はどのように過ごされますの?またお勉強三昧ですか?」
母は碧生くんのために、秘蔵の紅茶を入れさせた……お気に入りの家政婦さんのキタさんに。

「そうですね。ただ、どうしても公立の資料館や図書館は休館日が多いので、少し足を延ばすつもりです。それで、おばさまとおじさまに提案なのですが……」

そこまで言ってから、碧生くんは紅茶に口を付けた。
少し驚いて、紅茶に目を落とした碧生くん。

「美味しいですね。」

母は碧生くんの素直な感嘆に、満面の笑みでうなずいた。
「お口に合ってよかったわ。……提案って何ですの?」

……この段階で、碧生くんの提案がどれだけ荒唐無稽なものであっても、母は承諾したような気がする。
碧生くん、ほんと、母の扱いが上手いわ……無意識なんだろうけど。

「はい。ゴールデンウィークの後半にご一緒に城崎温泉へ行きませんか?」
「あなたがただけじゃなくて、私と主人も、ですか?」

驚く母に碧生くんは苦笑した。
「俺と2人で旅行なんて百合子が承諾するわけないじゃないですか。」
私は真顔でうなずた。

「ね。だからおじさまとおばさまを強引にお誘いして、百合子が断れないようにしようかな、と。」

……呆れたけれど、その作戦は有効だった。
母はすっかりその気になったようだ。

「でもこれから旅館、とれるかしら……」
「あ、もう予約してあります。離れの間で4人、家族旅行で。」

碧生くんはこともなげにそう言った。