「ええ。お天気の悪い時は必ず。お寺や神社の玉砂利を歩く時も、裾を上げたいので着るようにしてますわ。……本当は草履も変えてますのよ。今日みたいな集まりは仕方ありませんけど、鹿革と合皮とを場所によって使い分けてます。」
そう言ってから、由未さんの着物を改めて見て言った。

「訪問着に紋を入れたのね。素敵。淡雪に鶯……観梅にぴったり。帯もやわらかい色合いの紹巴(しょうは)。これならどなたも文句つけようがないわ。自信を持って、胸を張って参りましょう?」

由未さんは、うれしそうにうなずいた。


恭匡(やすまさ)さんや碧生(あおい)くんと別れて、由未さんとご一緒に門をくぐる。
今日、由未さんが招かれたのは、元新華族の銀行頭取夫人主催の観梅のお茶会。

……底意地の悪いご夫人がたに由未さんが嘲笑されて萎縮しないようにと私もご一緒したのだが、由未さんは思った以上に場慣れしてきているようだ。
たぶん恭匡さんにあちこち連れ回されているのだろう。

ただ、おばさまがたの自由過ぎるおしゃべりには慣れていないらしく、かなり翻弄されているようだった。
真面目に取り合わなくてもいいのに。

「天花寺(てんげいじ)家主催のお茶会も楽しみにしてますわ。」
無責任な言葉に目を白黒させて返答に窮している由未さんを笑うおばさまがた。
悪趣味だわ。


「天花寺に?みなさまが、ですか?」
ご冗談を……とばかりに、笑ってやった。

「……あら、橘のお嬢様。そんなに楽しい趣向でもおありですの?」
一瞬の沈黙の後、御正客のおばさまがそう聞いた。

「いいえ。天花寺は代々、当主が通人過ぎますので、みなさまのようにお茶会慣れされたかたがたは面食らわれると思いますわ。貴人様次第で上座・下座も変わりますし。」

当たり障りない言葉を選んでそう言ったので、やんごとなきかたがたか、京都のヒトにしか通じないだろう。

あなたがたを客とは扱わない、と。

この場には該当者はいらっしゃらなかったけれど、さすがに由未さんには通じたらしい。

「そうなんですよ。私も表千家のお作法しか存じ上げてないので、上座・下座が変わるともう混乱してしまって、一歩も歩けなくなるんです。百合子さんは、あの難解な宗和流を習ってらっしゃるんですか?」
神妙な顔を作ってそう尋ねた由未さんの目がイキイキと輝いていた。

ここにいるヒトのほとんどが三千家か遠州流と言ったところだろう。
もしかしたら宗和流の存在自体を知らないかもしれない。

「ええ。天花寺も橘も江戸時代以前から宗和流ですわ。当時は現代のように自由に流派を選べませんでしたから。堂上家が武家や商人から習うわけには参りませんでしょう?」
上から目線でぐるりと茶室内を見渡してそう言った。

あなた達とはしょせん出自が違うのよ、と。
対等にお付き合いしようなんておこがましい。
わきまえてくださらないと。

すっかり座がしらけたところで、私は由未さんと目を合わせてほくそ笑んだ。