今、鐘が鳴る

すると中沢さんは苦笑して、首を横に振った。

「あのね、トータル負けてる人からお祝儀なんかもらえるわけないでしょ。」
「でも……泉さんと心中だったんですよね?」
「ああ、オケラだよ。すっからかん。」

……なのにどうしてこんなに明るいんだろう。

「まあ、初日に儲けさせてもらってるからね、佐賀への旅費は充分だから、それでいいんだよ。」
そう言いながら中沢さんは裏門へと進む。

「あ、じゃあ、ここで。ありがとうございました。」
私は正門から帰ろうと、そうご挨拶すると、中沢さんは変な顔をした。

「何で?せっかくだからおいでよ。3日間応援したんだ。しょーりに逢って行きなよ。」
え!?
「……逢えるんですか?」

いや、逢いたくない!
無理!
帰る!
私の意志に反して、身体中の血がめまぐるしく走り回っているらしい。
心臓がドキドキしてきて、たぶん頬も紅潮したようだ。

「そりゃ、拘束期間が終わったんだから帰るよ。ほら、あのタクシー。関東の選手だな。」
裏門から出て少し歩くと、選手や関係者の出入口があり、何だかとても賑わっていた。
熱心なファンもここで出待ちをしているようだ。

「いた!しょーり!」
中沢さんの声に顔を上げると、確かに泉さんが自転車のフレームとタイヤを別々に持ってこっちに歩いてきた。

来たーっ!嘘ーっ!
心の準備ができてなくて、私は慌てて中沢さんの背後に隠れた。

「先生。また?」
泉さんは中沢さんに近づいてきて、そう言った。

先生?
中沢さんは、先生なの?

「うん。また、すってんてん。ご飯食べさせてよ。3日間応援したんだからさ。あ、彼女も一緒に。」

キャーッ!
やめてーっ!

心の叫びも虚しく、私はあっさりと泉さんの目前にさらされた。

「自分、来たんやな。1人?」
「そうなんだよ。危ないだろ。だから僕が3日間一緒に応援してたの。……ね?全然見えてないでしょ?この人。」
中沢さんは、途中から私に向けて言った。

「いや、見えてたで。泣いてたやろ、百合子。美人が来とるって、検車(場)でみんな騒いどったわ。」

泉さんの言葉に私はこれ以上ないぐらい赤くなったと思う。
……ばれてた……認識されてた……涙も見られてた……しかもいきなり呼び捨て!

「ほな、飯(めし)行こか。何がいい?」
何も答えられない私の代わりに、中沢さんは遠慮なく言った。
「筍(たけのこ)尽くし。池に張り出した料亭でさ~、乙訓のうまい筍が食べたい。」

「ほな先生、誘導して。そこのコンビニで待ってるわ。」
泉さんの言葉で、中沢さんは自分の車を取りに駐車場へと行った。