今、鐘が鳴る

「どう並ぶんですか?決勝戦。泉さんは?」

中沢さんは、スポーツ新聞を見せてくれた。
泉さんが引きつった笑顔で写真に写っていた。

「泉勝利は、単騎。切れ目から。」
「競(せ)りじゃないんですね。よかった……」
落車する確率が下がったはず、とホッとした。

中沢さんに急かされて、車券を考える。
……まあ、考えるまでもなく、泉さん一択なんだけど。

「裏返しておいたほうがいいな。」
そうアドバイスされて、渋々、泉さん2着の車券も購入した。

裏返す、とは、2車単の車券を買う時に1着2着の車番を反対側からも買うことで、折り返す、とも言うし、2車のボックス車券とも同じ意味となる。
例えば、2-3で買うなら3-2も抑えておくらしい。

それでも潤沢に資金があったので、保険の保険のつもりで、ワイドなる車券も購入した。
選んだ2人が1着から3着に入ればいいようだ。

「中沢さんはどう買われたんですか?」
そう聞くと、中沢さんは不敵に笑った。
「泉と心中。」

!?
私には裏返せって言ったのに。
「隠し車券もあるんじゃないですか?」

思わずそう聞くと、中沢さんは嘯(うそぶ)いた。
「僕は泉の競走に惚れてるんだ。そんな誠意のないことはしないよ。」

……って、初日、思いっきり泉さん以外の人で大儲けしたのに。

やっぱり捉えようのない人だわ。


「そろそろジャン(打鐘)だ。行こうか。」
10レースの鐘の鳴るのを見計らって、バンクのそばへと近づいた。
昨日と同じ第4コーナーの金網に張り付いて、決勝メンバーの脚見せを待った。

出てきた!
今日の泉さんは、赤い3番車。
単騎で、ラインを待つ必要もないので、まるでサイクリングのように飄々と1人で周回してさっさと敢闘門へ戻ってしまった。

「愛想のないやつだね。」
そう言って、中沢さんは苦笑した。

「今日は買い足しに行かないんですか?」
「しょーりと心中だってば。」
妙に頑(かたく)なのが、怪しい気がした。

そして、決勝戦。
スタート台についた選手にたくさんの声援と野次が飛ぶ中、中沢さんは叫んだ。
「しょーり!頼むぞ!」

泉さんの耳に入ったとは思えなかった……いや、充分聞こえる声量だったが、泉さんは何も聞こえてないようかのように見えた。
その目にも、おじさん達も私も映ってないように感じた。
今、泉さんは何を見つめて何を考えているのだろう。

号砲がなって、スタート。
泉さんは何のこだわりもなく、スイーッと前に行った。

私達もゴール前へと移動する。
1周回る頃には、泉さん以外のラインが並び終わった。