今日は審判からの赤旗が揚がらなかったので、すぐに決定が出た。

「2車単3900円。俺はちょっと浮いただけ。お嬢様は11万7千円ゲット。おめでとう。」
「……いえ、あの、全額お返しいたします。」
私は的中車券を中沢さんに差し出した。

「やめてくれよ。一旦あげたものを返せとは言えないだろ。それで明日の決勝戦を買うといいよ。……でも、決勝はしょーりを買わなくていいから。」

「どうしてですか?」
驚いてそう聞くと、中沢さんは出走表を見せた。

「あと2個レース終わってみないとわからないけど、たぶん明日はしょーりを引っ張ってくれる選手はいないんじゃないかな。」
「さっき、引っ張ってくれた選手に頭突きしたからですか?」

ぷっと中沢さんが吹き出した。
「よく見てたね。……まあ、確かにどかされた選手は不愉快だろうね。でも、あんなの泉勝利にとっては日常茶飯事だけどね。」

……いつもあんなことしちゃうんだ……それは……人望なくなるかも。

「単に、残ってる近畿中部の先行選手が弱いだけだよ。たぶん決勝には来れないだろう。」
え?
「その場合は、どうなるんですか?他地区の後ろに並ぶんですか?」

中沢さんは番組表に目を落とした。
「……メンバーが決まらないと何とも言えないけど、単騎か、競(せ)りか……」
競り!
昨日の落車を思い出して、私はズーンと心が重くなったように感じた。
競輪選手のご家族って、毎レース心配だろうな。

一瞬そう思ったけれど、すぐに気づいた。
……泉さんは特別だということに。
他の選手はそこまでひどくないのだろう。
思った以上に大変な人なのかもしれない。

ご家族、いらっしゃるのかな。
色々考えて、なんだか悶々としてしまった。



翌日は、正午からお茶のお稽古があった。
お家元に到着すると、いつものように、若宗匠が出迎えてくださった。
「ごきげんよう。若宗匠。」
「はい、こんにちは。昨日、東京のお稽古場に、天花寺(てんげいじ)の由未さんと、佐藤 碧生(あおい)くんがご挨拶にいらっしゃいましたよ。橘さんによろしくとのことでした。」

もうお稽古を始めるのね。
「東京も、桜、満開ですか?」
そうお伺いすると、若宗匠は首をかしげた。
「ニュースでは満開と告げてましたが、桜のある公園や寺社に行けませんでしたので、見てないんですよ。それに、個人的には、やはり桜は京都、と思いますし。」
若宗匠の京都贔屓に苦笑して、うなずいた。

……私自身は、東京で幼少期を過ごしたので、京都ではいつまでも余所者感が抜けない。

「そういや、竹原の家の桜も見事ですよ。」

知ってます、とも言えず、私は曖昧に微笑んだ。