号砲が鳴ってスタート……一斉に飛び出さない。
9人がじりじりと相手を見て前に進もうとしない。
先頭誘導員だけがどんどん進んでいく。

痺れを切らして行ったのは、泉さん。
「……スタート牽制で重注なんかつけてられないからな。」
中沢さんがつぶやいた。

重注は、重大走行注意という違反の種類で、失格の次に重い違反点を課せられる。
失格は30点、重注10点、走注(走行注意)2点とされ、その累計が4ヶ月間で60点を超えると禅寺で3泊4日の強制修行、90点を超えると競輪学校で5泊6日の特別指導訓練、120点を超えると1ヶ月間の斡旋停止、150点で2ヶ月、180点で3ヶ月……と、ペナルティが設定されている。

普通は事故点が嵩まないように気をつけて走るものらしいが、泉さんは驚くほど気にせずに暴れるらしい。
1年のうち数ヶ月の休みは毎年恒例で、年末のベスト9によるグランプリ出場権も剥奪されたことがあるとか。

知れば知るほど壮絶で、ますます私の目は釘付けになりそうだ。
「今日は、無事にゴールできますよね。」

1着じゃなくてもいい、無事に……。

レースは、東北ラインの先行から、南関ラインが捲り、近畿中部ラインは南関ラインを必死で追走した。

が、近畿中部ラインの先頭は、南関ラインの外側までも届かず、東北ラインの番手にも牽制されで場所がないまま第4コーナーにさしかかった。

すると、泉さんは、そこまで自分を引っぱってくれた近畿中部ラインの先頭の子に、どけ!とばかりに頭突きをした。

味方にもそんなことしちゃうんですか!?
ちょっと酷い……。

でも、泉さんは無理矢理自分の走路を確保して、頭まで突き抜けた。

本当に1着になっちゃった。
すごい……。

「あーあ。筋違いだよ。変なヒモつき。本命の買い足し、必要なかったな。」
苦笑する中沢さん。

2着は南関ラインの3番手の選手が伸びてきたため、人気の泉さんが1着になった割には高配当らしい。

筋違い、それも人気のないヒモ……ちなみに筋はラインのこと、ヒモは2着のことを表現するらしい……競輪用語は奥が深いわ。

1周回ってきた泉さんには、祝福の声、車券を取った人からのお礼、そして取れなかった人からの口汚い野次とお叱りが飛んだ。

……1着を取ったのにそれでも酷い言葉を浴びせられるなんて……。
「泉さん、かわいそう……」

ついそうつぶやいたら、中沢さんは笑った。
「気にしちゃいないよ。」

確かに泉さんは、飄々と敢闘門へと帰って行った。