「じゃ、行こうか。そろそろ、ひどい男の脚見せだ。」
中沢さんに促されて、バンクのほうへと向かった。

今日は泉さんは9レース、S級の準決勝3個レースのうちの1つめの競走を走る。

ちょうど8レースの鐘が鳴り、私達が4コーナーの金網に張り付くのと同時ぐらいに9人の選手がゴールへなだれ込んだ。
8レースの面々が敢闘門に入り、9レースに出場する9人がバンクに出てくる。

「来た来た。今日もイイ顔してるなあ。獰猛な鮫か鱶(フカ)みたいじゃない?ゾクゾクするね。」 

脚見せは1番車から順番に出てきて、ラインを作っていく。
2番車の泉さんは、私達のいる4コーナーでは、まだラインの選手が出てきてないので、ゆっくりと走っていた。

中沢さんは楽しそうに、すぐそばを走る泉さんを見つめていた。
私はと言えば、泉さんのお顔、特に目は怖くてとても見てられなくて……つい、昨日の傷に注視した。

左足の外側が膝下から足首まで赤くなっていて、透明のフィルムのようなシートが貼ってあった。
痛そう……。

1コーナーを過ぎた頃ラインがほぼできた。
ぐるっと回ってきた泉さんに、中沢さんは声をかけた。
「しょーり-!勝てよー!」

泉さんは飄々と前の先行選手の背中を見て走って行った。

出走までの時間、私はすぐそばのスタンド席に座って待っていた。
中沢さんは、泉さん頭(1着)の本命車券を買い足してきた。

何だか緊張する。
ふと顔を上げると、桜の向こうに京都市街……京都タワーも綺麗に見えていた。

のどかだわ。
私はこんなに緊張しているのに、レースはあんなにも激しいのに……春はやっぱりのどかなのね。
ゆっくりとお花見したいな。
大好きな人と夜桜を眺めた幾つもの春を思い出してため息をついた。

東京に帰った碧生(あおい)くんは毎日桜の画像を送って来るけれど、私は受け取るばかりで、ろくに返事もしていない。
東京から京都まで約500km。
碧生くんがどれだけがんばってくれてもこの距離は如何ともしがたい。

発売締め切りのベルが鳴り、中沢さんが戻ってきた。
昨日のようにスタート台の前まで行く。

音楽が鳴って、選手が入場してきた。
激しい野次の中、淡々と発送準備をする泉さん。
今日は2番車なので金網からちょっと遠い。

何となくホッとするというか、安心して見ることができた。