「ごきげんよう、恭匡さん。」
「やあ。百合子。今日はわざわざありがとう。迷惑かけるね。」
恭匡さんの優しい表情と声に、ホッとした。
来てよかった。

「いいえ。私が言い出したことですもの。それに、楽しみにしてましたのよ。」
そう言って微笑むと、遅れて車を降りた由未さんが慌てて近づいてきて頭を下げた。

「こんにちは!わざわざすみません!ありがとうございます!」
「ごきげんよう、由未さん。どうぞ、走らないで。足元も悪いですし、せっかくのお着物が泣きますわ。」

由未さんは、ハッとしたような表情をして、目に見えて動揺し、しゅんとした。
全くそんなつもりはなかったのだが、私にお行儀を注意されたと思ったのではないだろうか。
……また、だ。

どうも、由未さんとは意志疎通がうまくいかない。
昔のしこりを水に流して、お互いに歩み寄りたい、と思っているのは確かなのに。

由未さんは私に怯え、私は上手く言葉を紡げない。
今もフォローのしかたがわからず困っていると、碧生くんが由未さんの足元を指さした。

「由未、裾!足袋!あーあ、汚してるよ!」
「え!?嘘!……あああああ!どうしよう~!」
由未さんがハンカチで裾をこすろうとしているのを、慌てて止めた。

「ダメ!汚れが広がるから。乾くまで触らないほうがいいわ。……足袋は1足余分に持ってきてますから、使ってください。」

「……ありがとう~。」
泣きそうな顔の由未さんに、なるべく優しく見えるように微笑みかけた。
ぎこちないことは自覚しているけれど、努力してゆきたいから。

「そっか。百合子がコートの下で、イチイチ裾をたくし上げてるのは、こういうことにならないためになのか。」
納得したように碧生くんが言った。

……やっぱり、呼び捨てにするんだ。
ちょっとイラッとして、口調が強くなる。
「碧生くん。そこは見ても見ぬふりしてくださらないと。意外とデリカシーありませんのね。」

「えー。だって気になるよ。艶っぽくてドキッとするもん。ねえ?」
碧生くんにそう聞かれて、恭匡さんは苦笑した。

「気になっても、僕は黙ってる、かな。」
「やすまっさんは、むっつりスケベだから。」
「こら。」

……本当に2人は仲良しなんだなあ、と不思議な気持ちで見た。

「あの、コート?道行き?……って、車で移動する時も着はる?」
由未さんが恐る恐るそう聞いてきた。

同じ中学の同級生なのに、この気の遣いよう……。

それでも、頑張って話しかけてきてくれる彼女の歩み寄りに、私も応えようと精一杯微笑んだ。