翌週、あの赤い車で碧生(あおい)くんは京都にやってきた。

気の利いたお土産と、見かけのチャラさを裏切る礼儀正しさ、何よりも恭匡(やすまさ)さんのお墨付きに、義父も母も碧生くんを気に入ったらしい。
家具付きマンションを破格で貸した上、母は碧生くんに朝食と夕食をうちに食べに来るように勧めた。

調子に乗って、碧生くんは毎日毎日、朝から晩まで私を連れ回した。

碧生くんは普通の観光地ではなく、古い地図と現代の地図をにらめっこしながら町中を歩き回りたがった。
御所の周辺の公家屋敷跡を地図で確認しながらぐるぐる歩いたり、昔の藩邸跡を探したり。

移築された建物を探すこともあれば、ただ単に距離感を体感するためのウォーキングにも付き合わされた。

御所から淀。
山崎から御所。
三条から琵琶湖。

……さすがに出石まで歩きたいというのは勘弁していただいた……今回は。

もちろん寺社仏閣にも行ったが、古文書を見たがったり、マニアックな話を聞きたがったり……ちょっと恥ずかしかった。

私が同行しない日は、歴史資料館と総合資料館に入り浸って古文書を読み漁っていたようだ。


碧生くんは、私がお茶のお稽古に行く日にもちゃっかり同行してきた。
「4月から東京のお稽古場でお世話になりたいと思っています。よろしくお願いいたします。」

碧生くんの、あまりにも美しいお辞儀に、私も若宗匠も驚いた。
「……他派のご経験がおありですか?」

そう尋ねられて碧生くんは、首を振った。
「茶道は全く関わったことがありません。初心者です。」
「畳の歩き方も、お辞儀もよくご存知のようですが……」

若宗匠の疑問に碧生くんはうれしそうに言った。
「昨年から謡と仕舞を習っています。茶道にも通用する部分があるんですね。安心しました。」
納得してうなずきあってる2人をはたから見て、私は笑いをこらえるのに苦労した。

今年22歳になる碧生くんと、23歳になる若宗匠……この歳の男同士の会話じゃないみたい。


「そう言えば、東京のお稽古場には天花寺(てんげいじ)の若奥様も来られるそうですね。」

若宗匠は私にそう聞かれたけれど、碧生くんが返事をした。
「はい!由未と一緒に通わせていただく予定です。」

この場で由未さんのことを呼び捨てにするのは如何なものかと思うわ……碧生くん。

「……仲良しでいらっしゃるのですね。」
若宗匠の含み笑いがちょっと怖いような気がした。

……義人さんからも由未さんのことを伺ってらっしゃるのかもしれない。

「本当は恭匡(やすまさ)さんと一緒がいいんですけどね~。」
碧生くんのぼやきに、若宗匠は苦笑した。
「あのかたは、家元に習われましたので、今更私がお教えすることはできませんよ。」

わかるようなわからないような独特な理屈だけど、既に能楽師に師事している碧生くんはそれで納得したようだった。