いや、それより!
「若宗匠はどうしてダメなの?好青年だと思うけど……」

義人さんは苦笑した。
「表向きはな。でもあいつの性癖はちょっと度を超したS。百合子が複数プレイで虐められていいんやったら止めへんけど。」

さすがにギョッとした。
無理!
絶対、嫌!
ぶるぶると首を横に振った私の額に、義人さんは口付けた。

「よかった。大事な大事な百合子のそんな画像がネットに流出するんは嫌やから。」
またそんなこと言う……。


「ほな、行くわ。ちゃんと恋しろよ。誰でもいいから。俺以外な!」
そう言い置いて、義人さんは行ってしまった。

雪はもうやんでいた。
ため息を1つ、それから深呼吸。

少し乱れた着物を直してから、何事もなかったかのようにいつも通りの顔で帰宅した。


お礼状を投函し終えて戻ると、義人さんからメールが届いてた。

<二次会合流。宗和とさやか嬢、いい雰囲気。そのうちつきあうんじゃないかな。百合子は今まで通り、宗和に隙を見せるなよ。おやすみ。いい夢を。>

……いい夢、か。

ついさっきまでの束の間の情事こそが、私にとってはいい夢だけど。

あ、そういえば!
ふと気になって、義人さんに返信した。
<由未さんに4月から東京で若宗匠に習うようにお勧めしてしまったのですが、余計なことだったでしょうか……。>

すぐに返事が来た。
<由未は大丈夫だろ。恭匡(やすまさ)さんもいるし。でも、ありがとう。百合子の気持ち、うれしいよ。>

どこまでも、義人さんだなあ、と苦笑が出る。
確かに、こうして交流してる限り、私は義人さんから離れられないのだろう。
義人さん以上に好きになれる人が現れるなんて、思えないから。

ため息がまた勝手にこぼれた。
タイミング悪く、碧生くんからの着信。

……今は、出たくないな。
こんな精神状態で碧生くんと話すのは、何だか失礼な気がした。

碧生くんのまっすぐな想いは、時として残酷だと思う。
自分がいかに卑怯で臆病かを浮き彫りにされる気がして。
隠微な恋愛しかしてこなかった私には、眩しすぎる。
特に、今夜は。

雪、綺麗だったな。
……窓の向こうに雪はないけれど、私は思い出の中の雪を見ていた。

義人さん、私のことを、綺麗って言ってくれた。
あの人もまた、雪を見て私を思い出してくれるかもしれない。
……もっといっぱい降ればいいのに……もう3月なのよね。

今年、あと何回ぐらい雪は降るのだろうか。

来年になっても、私のことを思い出してもらえるのだろうか。



その日の夢は、白かった。
雪原なのか、砂漠なのか、霧の中なのか、わからない。

義人さんはもういない。

夢なのに、何も状況はわかってないのに、私はそれだけは確信していた。

たった1人。
不思議と、恐れは感じなかった。

気がついたら、私は歩き始めていた。
どこに行く宛てもないのに。

それでも、歩き出した。