今、鐘が鳴る

程なく、私達は入籍した。

……結婚はゴールで、ハッピーエンドだと思ってた。
でも、それって、勘違いだった。

毎日、お腹はすくし、眠たいし、部屋には埃だって溜まる。
私はよほど危なっかしいと思われているらしく、碧生くんは私に家事をさせず、今まで以上に私の世話を焼いてくれた。

「親鳥が餌を運んでくれるのを巣で待ってる雛の気分よ。」
日中、天花寺家で書を習いながら、由未さんに愚痴る。
「ふふ。鳥籠に閉じ込めておきたいんやろね、碧生くん。百合子さんが誰かに連れ去られないように。」

由未さんの言葉に、肩をすくめて、うなずいた。
……そういう意味でも私は危なっかしいらしい。
まあ、否定はしないけど。

夏には、碧生くんのご家族にご挨拶するために渡米する。

秋には、京都で挙式と披露宴も決まっている。
……なんと、水島くんと泉さん、中沢さんまで!碧生くんは自分の友人として招待する気でいる……泉さんの祝勝会に招待されたお返しだそうだが……そんなに所有権を見せつけたいのだろうか。

「意外と子供っぽいみたい。」
私がそう言うと、由未さんは笑っていた。

「自分を試したいんじゃない?碧生くん、幕末史専攻のはずなのに、やたら万葉集の論文を読んでるわよ、今。『紫草のにほへる妹を憎くあらば』って。」
……何を意地になってるんだか。




対照的に、泉さんはまるで人格者のように祭り上げられ始めた。
弟子の水島くんを必死で残したことが、よっぽど意外で、高く評価されたのだろう。



「立場が人を作るって言うけど……泉さん、ちゃんと仕事するマーク屋になったねえ。」
新潟の弥彦競輪場で、いつの間にか、いっぱしの競輪通になった碧生くんがそう嘯(うそぶ)く。

「タイミングよね。今の泉さんならスルーだったでしょうね。」
何の気なしにそう言ってしまい、碧生くんが変な顔をした。

……口が滑った。
動揺を隠そうとレースに集中するふりをした私の肩を碧生くんが抱いた。

「ま、恋はタイミングかもね、確かに。でも、愛は永遠だから。」
碧生くんが葛藤を乗り越えようとしてくれてるのが伝わってきた。

私の頬が勝手にゆるむ。

そんな私を見て、碧生くんは苦笑してキスしてくれた。
うれしいけれど、そろそろ赤板……あの……

「ほら、打鐘(ジャン)が鳴るよ。集中!」

碧生くんが、晴れやかに笑ってバンクを指さした。