「では、帰りましょうか。知織さん?よろしいですか?」

恭匡さんと碧生くんはこれから打ち上げのパーティーに出席する。
終演直後の楽屋はてんやわんやなので、私達は由未さんに挨拶を託して帰路に就いた。

途中何度も何度も一条さんからの着信があり、知織さんは頭を抱えていた。
「出てさしあげたら?ご心配でしょうから。」
母がそう言って、光人(りひと)くんを預かった。

「……すみません。お願いします。」
知織さんはパタパタと走って客室を出た。

「かわいい赤ちゃんね。お父さまはさぞかし綺麗な男性なのでしょうね。」
母の言葉は、聞きようによってはきついと思う。

「ご存じありませんか?」
私はスマホで一条さんの画像を探して母に見せた。

「……まあ……」
長い金髪の、日本人離れした顔の一条さんに、母はそれ以上言葉を続けられなかった。

代わりに、別のことを言い出した。
「あなた、大学をお休みしたいの?」

驚いて母を見る。
……聞いたの?いつ?誰に?

「恭匡さんから打診されました。あなたを2年間、内弟子修行に来させないか、と。別にこのタイミングでなくてもいいことですのに、わざわざ今仰るのは……碧生くんと離れたくないとか今さらそういう問題ではなくて、あなたの事情でしょう?」

私は少し逡巡したけれど、正直に言った。
「お母さまの仰る通りです。たぶん碧生くんが私を気遣って恭匡さんに相談されたのでしょう。……まだ何もうかがってませんので、どうお答えすればいいのかわかりませんが。……先日、来年度から始まるゼミのコンパがありました。私は、他のみなさんのように羽目を外すことができませんでした。いつものように早々に抜けて帰らなかったことを後悔いたしましたわ。」
勝手に身体がぶるっと震えた。

「百合子!あなた、まさか……」
母の表情から、私がレイプされたとでも勘違いされたような気がした。

慌てて私は否定した。
「大丈夫です!……あ、あの、さっき碧生くんを観に来られてた水島くんがちょうど居合わせて、助けてくださいました。でも、あの場を楽しんでらした女子も男子も怖い、と思いました。」

私は無理矢理ほほえんで続けた。
「女子大に行けばよかったわ。」

母は私を抱きしめようとしたのだろう……光人(りひと)くんをつぶさないように、そっと手を伸ばして私の肩を少し引き寄せた。

てっきり慰めてくれるのかと思ったら、母はやっぱり強い人だった。
「どこに行っても、セクハラもパワハラもあります。要はあなた次第ですよ。」
諭されてしまった。

「……私、本当に箱入り娘なんですね。何もできなくて、鈍くさくて、危なっかしくて……」
しょんぼりそう言うと、母は笑った。

「今さら何を言ってるの?あなたは私以上にお姫さま育ちよ。」

……ショックだわ……今さらかもしれないけど。