黒紋付きに袴の碧生くんが、舞台上手の切り戸口から登場した。
顔つきも歩き方もいつものチャラい雰囲気を封印し、キリッと……まるで武士のように入ってきた。
緊張してるのだろう。
でも、それまでの演者よりも舞台の立ち姿は堂に入っていた。
……というか、ハッキリ言って、かっこよかった。
碧生くんは舞台中央で静かに正座した。
続いて、地謡のおじさまが4人並んで入ってらして、後方にお座りになった。
扇を出して一旦横に置いてから、碧生くんは客席を見た。
目が合った。
碧生くんの目がふっと柔らかくなった。
緊張が解けたらしい。
……うぬぼれじゃなくて、本当に碧生くんに愛されているんだわ……と自覚した。
役立たずな私でも、碧生くんに必要とされてるということにはじめて気づいた。
何でもできる優秀でかっこいい碧生くんだから……むしろ私は碧生くんに迷惑をかけてばかりで、足手まといだと思っていた。
私の存在が碧生くんを支えることができるなんて、思いも寄らなかった。
……もっと早く気づけばよかった。
これからは、碧生くんが舞台に立つ度に客席から見守ろう。
碧生くんは、扇を前に持ってくると手に取った。
そのままスッと立ち上がる。
数歩前に出て、今度は右手に扇を持ち、片膝を立てて座った。
碧生くんは数秒目を閉じてから、低い朗々とした声で謡いだした。
♪今んではさしも実(げ)に♪
イイ声!
……1年3ヶ月前?……恭匡さんと由未さんの結婚式で碧生くんは『井筒』を舞われたのだけど……あまり記憶にないのよね。
たぶんあの頃よりずっと上達されたとは思うけれど、それ以上に、私自身が碧生くんという人を知って、見方が大きく変化しているのだろう。
改めて私は、舞台で堂々と舞う碧生くんを、愛しく見つめた。
♪今んではさしも実(げ)に 怒(いかり)をなしつる鬼女なるが
忽(たちま)ちに よわりはてて 天地に身をつづめ 眼(まなこ)くらみて
足もとは よろよろと ただよひめぐる
安達が原の 黒塚に隠れ住みしもあさまになりぬ
あさましや 愧(は)づかしの我が姿やと
云ふ声はなほ もの冷(すさ)ましく
云ふ声はなほ 冷(すさ)ましき
夜嵐(よあらし)の音に立ちまぎれ 失せにけり
夜嵐の音に 失せにけり♪
地謡のおじさま達の声に乗り、碧生(あおい)くんは威風堂々と美しく舞い切った。
癖のない教科書通りな舞姿は素人としては最高にレベルの高いものだった……と、周囲のかたがたが褒めそやしていた。
すぐに楽屋に行きたかったけれど、他の演者さんに失礼にあたるので我慢した。
休憩時間を待って、恭匡(やすまさ)さんの楽屋を訪ねた。
恭匡さんはおられなかったけれど、既に洋服に着替えた碧生くんが赤ちゃんを抱っこしていた。
……舞台の碧生くんは、本当に気高い武士のようにかっこよかったのに……もう、いつもの明るい優しい、ちょっとチャラく見える青年に戻っていた。
顔つきも歩き方もいつものチャラい雰囲気を封印し、キリッと……まるで武士のように入ってきた。
緊張してるのだろう。
でも、それまでの演者よりも舞台の立ち姿は堂に入っていた。
……というか、ハッキリ言って、かっこよかった。
碧生くんは舞台中央で静かに正座した。
続いて、地謡のおじさまが4人並んで入ってらして、後方にお座りになった。
扇を出して一旦横に置いてから、碧生くんは客席を見た。
目が合った。
碧生くんの目がふっと柔らかくなった。
緊張が解けたらしい。
……うぬぼれじゃなくて、本当に碧生くんに愛されているんだわ……と自覚した。
役立たずな私でも、碧生くんに必要とされてるということにはじめて気づいた。
何でもできる優秀でかっこいい碧生くんだから……むしろ私は碧生くんに迷惑をかけてばかりで、足手まといだと思っていた。
私の存在が碧生くんを支えることができるなんて、思いも寄らなかった。
……もっと早く気づけばよかった。
これからは、碧生くんが舞台に立つ度に客席から見守ろう。
碧生くんは、扇を前に持ってくると手に取った。
そのままスッと立ち上がる。
数歩前に出て、今度は右手に扇を持ち、片膝を立てて座った。
碧生くんは数秒目を閉じてから、低い朗々とした声で謡いだした。
♪今んではさしも実(げ)に♪
イイ声!
……1年3ヶ月前?……恭匡さんと由未さんの結婚式で碧生くんは『井筒』を舞われたのだけど……あまり記憶にないのよね。
たぶんあの頃よりずっと上達されたとは思うけれど、それ以上に、私自身が碧生くんという人を知って、見方が大きく変化しているのだろう。
改めて私は、舞台で堂々と舞う碧生くんを、愛しく見つめた。
♪今んではさしも実(げ)に 怒(いかり)をなしつる鬼女なるが
忽(たちま)ちに よわりはてて 天地に身をつづめ 眼(まなこ)くらみて
足もとは よろよろと ただよひめぐる
安達が原の 黒塚に隠れ住みしもあさまになりぬ
あさましや 愧(は)づかしの我が姿やと
云ふ声はなほ もの冷(すさ)ましく
云ふ声はなほ 冷(すさ)ましき
夜嵐(よあらし)の音に立ちまぎれ 失せにけり
夜嵐の音に 失せにけり♪
地謡のおじさま達の声に乗り、碧生(あおい)くんは威風堂々と美しく舞い切った。
癖のない教科書通りな舞姿は素人としては最高にレベルの高いものだった……と、周囲のかたがたが褒めそやしていた。
すぐに楽屋に行きたかったけれど、他の演者さんに失礼にあたるので我慢した。
休憩時間を待って、恭匡(やすまさ)さんの楽屋を訪ねた。
恭匡さんはおられなかったけれど、既に洋服に着替えた碧生くんが赤ちゃんを抱っこしていた。
……舞台の碧生くんは、本当に気高い武士のようにかっこよかったのに……もう、いつもの明るい優しい、ちょっとチャラく見える青年に戻っていた。



