気持ちいい……。
あったか~い。

肩に、腕に、優しくお湯をかけてもらって、私はまるで赤ちゃんの時の入浴を思い出しているかのように錯覚した。

「幸せそうな顔して。気持ちいいんけ?」
優しい声でそう聞かれて、私はますますとろけそうになった。

「んー。気持ちいい。もっとして。」
「……はいはい。ほな俺も入れて。さすがに身体冷えたわ。」

お湯がざーっと流れる音がした。
ぼんやりと目を開ける。

ここは……どこ?

気がつくと、ちゃぷちゃぷとバスタブでお湯に漬かっていた。
背後から綺麗な筋張った指が私の髪に優しくお湯をかけて、洗ってくれているようだ。

「……泉さん?」
驚いて振り向くと、本当に泉さんだった。

「どうして?何してるんですか?」
「何って、ゲロまみれになったから、洗ってやってるねんけど。覚えてへんの?」

……思いだそうとすると、頭が割れそうに痛んだ。
「頭痛い……」

泉さんは、呆れたように言った。
「そらそうやろ。無茶な飲み方しとったからな。痛み止め、後でやるわ。」

……そんなもの、常備してるんですか?

「あの……洋服は……」
泉さんは顔をしかめた。

「全滅や。明日、薫に適当なもん買うて来させるわ。」
「ごめんなさい。」

私がそう謝ると、泉さんは自分の目元を右手で隠すように押さえて、笑い出した。
そんな泉さんを見たことがなくて、私はただ呆然としていた。

「……参ったわ。こんな女、知らんわ。あんまり汚いからタクシーにも乗車拒否されるし。駅からココまで、俺、お前を抱えて歩いてんで。信じられんわ。」

よく見ると、ココは去年泉さんと何度か来たホテル。
確か、駅からは2kmぐらい離れた、しかもちょっと高台にあったような気がする。

「ごめんなさい。お身体、大丈夫ですか?」
泉さんは普通の人に比べたらものすごく鍛えているけれど、あくまで自転車に乗るための筋肉だけに特化してるから、実は歩くのも苦手、とおっしゃってたのに。

「どやろ。明日はマッサージだけにしとくわ。」
そう言って、泉さんはまた私の髪を洗ってくれた。

「あの……自分でやりますけど……」
「せやな。汚れは流したけどまだ臭いから、洗い。」
泉さんはそう言って、私をバスタブから立たせてくれた。

全身をくまなく洗ってからバスルームを出ると、洗面台で汚れた衣服を泉さんが洗ってくれていた。
「御手数おかけいたします。すみません。」

「ほんまやわ。クソガキどもに引き渡してやればよかったわ。」
そんな冗談を言って、泉さんは笑ってくれた。

バスローブを着て、髪を乾かしていると、泉さんが頭痛薬をくれた。
「お身体、おつらいんですか?痛み止めを持ち歩いてるなんて……」

そう咎めると、泉さんは肩をすくめた。
「まあ、無理してるからな。」

……簡潔な言葉に、どれだけのモノが込められてるのか……想像すると涙が浮かんだ。