部屋の玄関チャイムが、ヒステリックに押された。

「何!?」
驚いたけれど、泉さんは続けた。

「ほっとけ。」
「でも……」

戸惑っていると、今度は玄関のドアをドンドンと叩く音がする。
「ホテルの人じゃないよね?火事か何か……」

そう言おうとしたけど、泉さんに唇をふさがれた。
激しく口中を貪ぼられて言葉を発せなくなる。
流し込まれる唾液を舌をからませ味わいながら喉の奥へと飲み込む。

「ちょっと!開けなさいよ!勝利(まさとし)!いるんでしょ!」
女の人がドアを叩きながらそう叫び始めた。

さすがにギョッとした。
もしかして、いや、もしかしなくても奥様よね?

どうしよう!

震える私を泉さんは逃さなかった。
むしろ強く抱きしめて、続けた。
「泉さん……やめて……呼ばれてる……」
激しくされて息も絶え絶えだけど、何とかそう言った。

泉さんは舌打ちすると、ダンダンとドアを叩きながら泉さんを呼んでいる奥様に対して、叫んだ。

「うるさいっ!まだ終わってへんっ!イクまで待っとけ!!!」

えええええええ!?
何、それ?
信じられない。
デリカシーなさすぎる。

硬直して見開いたまんまの両目から涙が滝のようにダーッと流れ出した。

さすがに、奥様もドン引きされたんじゃないだろうか。
ドアを叩く音も、泉さんを呼ぶ声も、ピタッと止んだ。

泉さんはさっきまでとは別人のように冷たい顔になった。
でも私の顔を見て、頬をゆるめてくれた。
私の両腕を自分の首に巻き付けさせて上半身を起こす。

「泣くな。」
抱きしめられて耳元でそう言われても、涙も震えも止まらなかった。

どうしよう。
奥様に知られてしまって……傷つけてしまった。
そんなつもりはなかったのに。

……泉さんを救う?介護?……思い上がりにも程がある。
私がしてきたことは、ただの不倫。

奥様の存在をないがしろにして、泉さんに必要とされているといきがっていた。

情けない。

「地獄に落ちるわ。」
私のつぶやきを聞いて、泉さんは口の端を上げた。

「かまへん。」
悪魔のような歪んだ笑顔を見て、以前、中沢さんに言われたことを思い出した。

……暗闇の世界に連れて行かれる、って言ってらしたっけ。
確かに、その通りかもしれない。

泉さんと過ごす時間は砂上の楼閣のようにもろくてはかなくて。

光が全く見えない。