車が悲鳴をあげながら猛スピードを出した。
スピード違反!
怖い!

「かわいくない女やなっ!くそっ!むかつくわ~~~。」
そう言って、運転中のハンドルをバンッと叩いた!

当然、車はバランスを失ったように大きく左右に揺れた。

きゃーっ!!!
こういう時、ベンチシートは大変で、シートベルトがあるとは言っても、私は泉さんの肩に顔をぶつけた。

「危ないですって!」
私の文句をものともせず、泉さんは私の頭をぐいっと下に押し付けた。

シートベルトが痛いのに、私は無理矢理、膝枕状態。
泉さんはため息をついた。
「……手荒らなことはしたくないねん。俺、別にそっちの性癖はないし。おとなしくそうしてて。」

このまま?膝枕されてろと?
やだ……ドキドキしてくる……。

確かに乱暴で強引で激しくて自己中心的で身勝手なだけで、泉さんは虐めて悦ぶタイプではなかった、と思う。

むしろ、普段の乱暴で強引で激しくて自己中心的で身勝手な言動の裏には、臆病で繊細な本質が隠れているのかもしれない。
睡眠障害を起こすぐらいだもん。
たぶん本当はナイーブな人なんだと思う。

だからと言って、乱暴で強引で激しくて自己中心的で身勝手なところに振り回されるのは、もう御免。

そう思っていたのだけど……泉さんの左手が、優しく私の髪を、額を、撫で始めた。
驚いて見上げると、泉さんの目が、今まで見たことがないぐらい優しく甘い。
まるでペットの小犬か子猫を撫でているかのようじゃない?

間近で見る泉さんの筋張った手、大好きな長い指に忘れてたときめきが蘇った。

「……好き?」
何だか愛されているような錯覚を覚えて、ついそう聞いてしまった。

泉さんはいつものように茶化すか怒ると思った。
なのに、泉さんの返事は予想だにしなかったものだった。

「好きや。」

本気に聞こえるんですけど!?
泉さん?
どうしちゃったの?

「どうして、今、言うの?」
半年前に聞きたかった……。

すると泉さんは苦笑した。
「言わんでもわかるやろ?連絡してるん俺ばっかりやで。今度こそ百合子からの連絡、待ってたのに。」

「……だって、奥様いらっしゃるかたなのに」
「お前が望むんやったら、いつでも離婚したるわ。」

泉さんは前方を睨んだまま、私の言葉を遮ってそう言った。
でも、本気だと伝わってきた。

「そんなこと望んでません!他人様(ひとさま)のモノを奪うなんて、私にはできません!」
慌ててそう言ったけれど、再び私は、自分に母が乗り移ったような気がしていた。

漠然とした、ただの想像でしかないのだけれど、母と本当の父だという竹原の間でもこういうやり取りがあったんじゃないだろうか。

由未さんが言っていたように泉さんが竹原に似てるというのなら、私が母のように自尊心を優先させて毅然としていれば、事態はそのうち落ち着くのだろうか。

……母が今も未練を残していることは重々承知しているけれど。