夏休みである。

「なんだ、美園は夏休みだっていうのに、学校かい?」

久し振りに朝食を共にした父親が、制服姿の美園をみて訊ねた。

「うん、部活あるから。」

空になった皿をシンクに運びつつ、淡々と返答する。

「部活って確か…。」

「郷土史・歴史研究部。」

「…へえ、随分熱心なとこなんだなあ。こんな朝早くから?」

(そんなものか?)父は、日経新聞を広げると、首を傾げつつも尋ねた。

「お父さん、今日はゆっくりなんだね。」

皿洗いの水が制服を濡らさないよう、注意を払う。

「ああ、ちょっとだけ。すぐ出るよ、久し振りにね、ただ…。」

「夕方は遅い、でしょ。わかってる。御飯置いとくね。」

「…すまないね。」

「ううん、じゃ、行ってきます。」

跳ねるように、玄関を飛び出した。
 
夏休みは、いい。登校生徒数がぐっと減り、授業にでなくてよい先生達は、いつもよりずっと開放的な雰囲気なのである。

体育の小笠原先生は、短パン姿でウチワを仰いでいるし、英語の住田先生に至っては、ひどく挑発的なミニスカートで出勤している。確か彼女は40台の後半だった筈だ。彼女が校長先生とフリンしているという噂は本当だろうか…。

咲良先生を探す間もなく、通りかかった歴史の金田先生が大声で呼んだ。

「咲良先生~、篠崎が来ましたよぉ。」

金田は美園の頭をポンと叩いた。

「しかし感心だねえ、毎日ガッコ来て、研究やってるの。」

彼女は気さくなスポーツマンで、女子バスケの顧問である。

「はい!部長ですから。数学を30点上げるべく、頑張ってます!」

美園は元気よく返事を返す。

「はあ?…おいおい、数学は関係ないだろ。郷土史研究部だろ、社会やれ、社会。」

「はーい。」

「…全く。あんまり咲良先生、困らせるなよ。新人なんだから。じゃ、な。たまには研究、やっとけよ。」

「はーい。」

金田と入れ替わりに、奥から不機嫌な様子の咲良が現れた。

「篠崎ぃ。」

咲良は半ばうんざりと美園を見下ろす。アロハシャツでこそないものの、ノータイ、半袖カッターの砕けた格好である。

「この部活、夏休みも毎日あるだなんて、先生聞いてないぞ。」

「…先生、今日のシャツのヨレ具合、とっても素敵です♥」

入り口近くの側にいた教頭がジロリと一瞥した。

「…ちょっと来い。」

シャツのシワを伸ばしながら、咲良は美園を職員室から引きずるように、連れ出した。


「職員室でバカなことを…、そうでなくても…まあいいや。それよか部活計画表、勝手なことしやがって。」

「鍵を貰いにきただけですよぉ。大体、先生が提出前にチェックしないのが悪いんです。ちゃんと部員にも言ってますよ、来ないけど。」

勝ち誇った顔で見上げる。

「…昼休みに寄るから…真面目にやっとけよ。」

チッと舌打ちし、鍵を渡すと、彼は忙しそうに職員室の中に戻った。

「篠崎よ、あれだけ時間があって、一問しかできてないって、一体どういうことだ。」

12時をちょっと過ぎてからやって来た咲良は、昼食のマックをかじりながら、「夏休みの課題」を検分する。

「先生、もっと野菜とか採らないと。」

「話を逸らすな、…お前、志望校どうだっけ?」

彩り豊かな弁当箱をチラリと見る。

「はい、建築・デザイン科を目指してます!」

「うん、そうか。」

自信に満ちた返事に、にこやかに笑った。が、弁当箱のミニトマトを奪い、口に放りこんでから、急に真顔に戻った。

「絶っ対無理だな。いいか、建築科はなあ、理系だ。」

その剣幕に、美園はぐっと喉を詰まらせる。

「…っと、そうそう、だから私、先生への愛と進路のために、こうやって30点のベースアップを努力してる訳です。」

「最初のは余計だが、…後の方は本気なんだな?」

「うん。お父さんを…助けたい。いつも夜まで…壊れちゃう。」

「…わかった、…じゃあ、こっちも本気でやるぞ。」

残ったコーラを流し込み、煙草に火をつけると、頬杖をついて出鱈目の答案に向き合った。

「先生…。」

真剣な眼差し…。心打たれた美園は、思わず立ち上がり、叫んでいた。

「そうだ先生、私、お弁当作ってきますよ!」

「いらんわっ、真面目にやれ!」
 
「お願い、美園ちゃん、この通りっ!」

日曜日の朝である。部活とバイトで忙しくしている筈の堂島ミキが、突然訪ねて来、拝み倒してきた。

「う~ん、でも私、合コンなんて…」

「頼むよぉ、どうしても人数足んないの。ね、お願い。」

彼女は大人しくて真面目な生徒が多いこの学校の中では、発展家の部類である。
夏休み前に話をしていた、ユリのお兄さんが、自らの通う隣の都市の大学の同級生と、セッティングしてくれたのだそうだ。正直なところ、乗り気でない。

「でも、…着ていく服とかないし。」

「そんなのホラ、こないだのワンピースで充分よ、ね。」

「ノーブランドだよ?地味だし。」

「いいの!それくらいがセイソに見えるし。」

「で、でも…、合コンって、ホラ…。お酒飲んだり、ポッキーの端と端を食べながらチューしたり、くじ引きで当たった人の命令でチューしたりするんでしょ。場合によってはそれ以上の要求が…。いけないわっ!私には…咲良先生という心に決めた人が…。」

「ああっ、もう。んなわけないでしょ!どこの乱交よ…普通の大学生よ?楽しくお話しするだけ。こっちが女子高生だって分かってるんだから、お酒なんか飲ませないわよ!…全くその妄想癖、それに…。」

ミキはイライラとがなり、怖い顔で睨んだ。

「先生、先生って。ちゃんと現実見なさい!あんた、案外可愛いんだから。さ、行くわよ、わかった?」

**

ミキは有無を言わせなかった。
夕方、美園はミキと連れ立って、会場のイタリアンレストランに向かった。市内にある小さな店で、美園は1、2度喫茶目的で入ったことがある。

アクセサリーは借り物、申し訳程度に、色つきリップをつけただけの急拵えで、隣のミキのキラキラ度と比べるといかにも引き立て役である。

「ゴメン、遅くなっちゃった。」

「いいや、こっちもまだ、揃ってないんだ。」

男の人が3人、大きめのテーブルで待っていた。1人の学生とミキがひどく親しげなので、美園は驚いた。

(彼、向こうの幹事。ちょっとイイでしょ。)

耳打ちしたミキの表情が心持ち華やいでみえる。髪を若干茶色く染めた、今風の爽やかな人だった。高2の夏までにカレシを、というのが、確か彼女の悲願だったっけ…。

彼は名をアツシと名乗り、そう呼ぶように求めた。

「ミキちゃんの友だち?篠崎美園ちゃん、美園ちゃん、でいいね?」

彼は、気さくに笑った。

程なく面子が揃い、5対5の宴が始まった。女の子は皆同じ学校という建前だったが、ミキと自分とミキの後輩の他2名は知らない人であった。
 推測だがミキが内緒でやっている、バイト先の仲間ではないだろうか。

最初、地味な姿と、勝手が分からないことで、引きぎみの美園だったが、盛り上げるのに懸命な友人をみるにつれ、楽しく振る舞うことに決めた。

 参加にあたっては、「先生」の話は禁忌であると釘を刺されたため、口に出すことはしなかった。

心配していた不純なゲームが行われることもない。学生は皆、アツシさんのように気さくで話も面白かったので、気がつけば時間も半ばを迎えていた。

「あれ?」

 席を立って戻ってみると、いつの間にか席は移動され、相互に二人が話し込んでいる。

「こっち、おいでよ。」

勧めれるままに、これまであまり話さなかったの黒縁メガネの学生の隣に座った。

 免疫のない、男性の隣は少し緊張する。彼もいわば人数合わせだったのかもしれない、あまり気がなさそうにお定まりの質問をした。

「…大人しいんだね。カレシ、いるの?」

「ううん。」

「じゃあ、好きなタイプは?」

「…年上の人。…煙草が似合う人。」

「へえ、意外。大人なんだ。」

少し興味を持ったようだ、と、アツシが割り込んだ。

 「へえ、何なに?年上で煙草吸う人?俺、吸うよ!やった、美園ちゃんに立候補しよっ!」

慌ててミキが立ち上がる。もしかしたらお酒が入っているのか、大分顔が赤い。

 「ミソノは駄目よ!この子…年上っつってもオヤジ専!担任が大好きってヒトなんだからぁ。」

「担任~、マジでぇ?」

「かわい~、アタシも好きだったことある。小学生の時?」

「ドラマみたい。先生クビんなって心中すんの。」

皆が一斉に笑った。

「無理っしょ、ミソノちゃん、夢見がち?もっと現実みなよ~。それとも何?オヤジ好き?エンコーとか?」

「何それ、ヤラシ~。」

一頻り囃すと、皆はまた自分達の会話に戻っていった。

 隣の男も、興味なさげに自分の料理をつつき始めた。自分が言うなって言った癖に…。釈然としないまま、それでも自分がとてつもなく異端であると言われたようで、美園は恥ずかしくなった。

笑い話の種にしたミキの事を、恨めしく思った。

次の店への誘いを固辞した美園は、とぼとぼと自宅の玄関を開けた。…時間は午後10:00時。父はまだ帰っていないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。

帰りに一緒に居たことにしといて、と頼んだミキは、アツシと腕を組んでどこかへいった。

…やっぱり自分の恋は、決して叶わない、幼稚な妄想に過ぎないのだろうか。
手の届きそうな男の子に興味を持てば、確かに楽しいし、そんな友人達が眩しくも思えるーー。

「やれやれ、只今。おや?遅かったのかい?」

いつの間にか帰った父親が、キッチンの椅子に座り込んでいた美園に怪訝そうに尋ねた。

「…お父さん、私ね…、」

父が心配そうに覗きこむ。

「…私、合コン、行ったよ。」

「そうかい、楽しかった…ええ!何だって!」

狼狽える父に、思わず笑みが漏れる。

「そ、それで、大丈夫なのかい、何か変なことは…、いや、お酒なんか飲まされてないね?」

「大丈夫だよ、平気、お父さんってば、落ち着いて。」

「い、いやだって、まだ高校生の娘が…母さん!」

「もう、大丈夫だって。」

 狼狽して、仏間に走ろうとする父の手を握る。暖かい。


…良かった、私は、こんなに愛されてる。なのに…。何でこのままで、居てはいけないないのか。



課題は、学校にだけあるのではなさそうだ。
夏が終わり、もう秋も深まり始めていた。

朝の点呼を終えたあと、講堂に向かう。保険指導があるという。

  「でさ、アツシったら…」

夏休み以来、結局二人は付き合い始めたそうだ。彼女が同じような連中と話すことで、前よりも少し付き合いも減った事に、美園は一抹の寂しさを感じていた。

「どしたの美園。難しい顔で。」

控え目な友人、ユリちゃんが不思議そうに尋ねた。

「…今日の保健指導、月代センセ。」

「ああ、それで。」

ユリはそれで得心がいったというように頷いた。

保健教諭、月代みどりは、当女子高の全校生徒から嫌われていた。いや、女性の全てに彼女が好かれることはないだろうと美園は思う。



 「では、月代教諭から保健指導です。」

司会進行の教頭が示唆すると、あの女がステージに上がった。

彼女はいわば「美魔女」である。おおよそ教諭らしからぬ、開襟シャツを第2ボタンまで外して豊かな胸元を晒し、相対するほっそりした足を深いスリットの入ったタイトスカートで見せつける、いかにも“女”を武器にした先生だった。

噂では、隣の都市で一番大きな『月代記念病院』の娘であるという。保健教諭なんて、コネで腰掛けでやってるんだからやる気ないのよ、と口さかない生徒は言った。

今日も、保健教諭らしからぬ整えられた爪に、今日はパールの効いたスカイブルーのマニキュアを施している。

えもいわれぬ妖艶な笑みを浮かべ、彼女は説諭を切り出した。

「皆さんは…」

美園は面白くない。全然、面白くない。講堂の端に並ぶ男の先生達の視線は、ほぼステージに釘付けである。中には咲良先生の姿もある。

不愉快なことに、咲良先生は月代先生と仲が良い。年若な同僚だから、百歩譲って致仕方ない。面白くないのは、来春行われる修学旅行の下見は咲良と月代で行ったらしい、と聞いたことだ。はっきり言って、気が気ではなかった。

 
 もやもやした気分のまま、短い朝会は終わった。
 
「今日の月代、最悪だよな。普通、全校生徒の前でする話か?」

昼休憩である。いつもの弁当メンバーの1人が喚いた。

「え、何?何の話~?」

妄執に捕らわれるあまり、美園は朝会の話を全く聞いていなかった。

「篠崎、聞いてねえの?避妊だよ、ヒ・ニ・ン。朝っぱらから、何だってんだよ。教頭は泡くってるし、他のセンコーどもは皆下向いちゃてさ。」

男っぽい彼女は、男女間の交遊に関しては、かなり潔癖な考えをもっている。

「へえ、ヒニンね~。」

おざなりな相槌を打ちながら、美園の頭は別世界に向かう。

あの女、何故そんな話を…美園には想像もつかない世界の話である。

まさか、修学旅行の下見の時、咲良先生とそのような処置が必要になった、などということはないだろうか?

そんな、彼に限ってあんなフシダラな女と…、いや、純粋な彼が、毒牙にかけられる可能性だってある…確かめなければ。

「…崎、篠崎!」

「あ、ゴメン、ボーっとして、何?」

「だから、朝会の話。」

ふいに立ち上がった仲間の1人が甲高い声を張り上げた。

『いいですか皆さん、避妊しないでまたは正くない方法で性交した場合、妊娠する可能性があります…もし思い当たる2、3ヵ月生理が来ない場合は』

キャハハと笑いが起こる。

『ニンシンしているかもしれません。』
「バッカじゃねーの!」

皆が笑うので、つられて美園も笑った。

「変なの。ね、ミキちゃん。」

「あ、ああ…そう、だね。」

ミキは浮かない顔で返した。いつもなら率先して乗ってくる彼女が、とその時は少し不思議に思っただけだった。

私は、もっと早くにその友人の小さな異変に気付くべきだったのかも知れないーー。「…お前さ、言ってて恥ずかしくない?」

細く煙を棚引かせ、咲良は深い深いため息をついた。
「下見っつって、日帰りだぜ?2時間くらいで安全面だとか、風呂の大きさだとか、あれこれみて、一体ナニする時間があるんだ?」

「……。」

赤い顔で美園は抗議を試みるも、何も言えない。矢継ぎ早に咲良は続ける。

「大体、月代先生が俺なんか相手にする訳ないだろう、バカだろ、お前。」

「バカじゃないです、35点も上がったんですよ!数学。凄いでしょ?」

「バーカ。それは俺様の教え方が素晴らしいからだ。」

「違いますぅ、先生と私の共同作業のおかげですぅ。」

「変な言い方すんじゃねえ!」

 一瞬躊躇った後、美園は念を押した。

「…本当に、違いますよね?あの人のこと、好きとかじゃ…ないですよね?」

「は?ああ、別に…。それと、先生の事、『あの人』なんて言うな。失礼だろ。」

「はい。」

美園は満面の笑みを返した。

「ところで先生、教室のドア閉めていいですか?寒い風が入るし。」

「ああ、ダメダメ。」

「なんで?風通りますよ。」

「あー、高城先生がな…」

 咲良は歯切れがわるい。伸びた髪を掻き上げ、間を置いた。

「リーゼント高城ですか。」

「お前ら、そんなこと言ってんのか。」

 呆れながらも、どこか愉快そうである。高城先生は、清潔な気取屋で、生徒からの一番人気を自負している。咲良とは対極のタイプである。

「職員会議で、生徒と密室で二人きりは問題、だってよ。…ったく、俺とこいつに、何が起こるっての。お前が辺り構わず騒ぐからよぉ。」

 ハッとして、美園は瞳を潤ませた。

「…先生、私、先生が望むなら…どうなっても…。」

「望まねえから安心しろ。」

 取り付く島もない。

「そうだ!先生、30点越えたから、言います!好きです!」

「来たな、31回目。」

 咲良は手帳を取りだし、正の字を書き加えた。

「何の真似です、それ。」

「ああ、お前の告白記録。」

「うわぁ、引く。先生ぇ、もしかして自慢する気?」

「いや、全然。…将来、10年、20年後に同窓会なんかでな、子持ちのお前に、見せてやろうと思って。」

「……。」

「…なあ、篠崎、考えてみろ?簡単な数学。その時、お前は何歳だ、そして俺は…何歳だ。」

 
 そんな事は、分かっている。

 それがどうした、何故いけないのか。


 やんわりとする否定は、はっきりしたそれよりずっと辛いーー。  もう冬休みが近づいていた。
 美園は、「冬休みの部活計画書」を提出するため、職員室に向かう。

 「おう、篠崎!」

 どうも職員室扉の前では、金田先生によく会う。

 「咲良先生?」

 「はい。」

 彼女は再び、大声で咲良を呼ぶ。じゃあな、行こうとして、ふと美園を振り返った。

 「そうだ、篠崎、お前、堂島と仲良かったよな。」

 「あ、ハイ…。」

 そう言えばミキは女子バスケットボール部の所属であった。近頃めっきり話すことも減っている。

「言っといて。部活、ちゃんと出てこいってさ。真面目に来ないとユニフォーム剥奪するぞってな。」

 「え…。そう、なんですか。」

 それだけ言うと、金田は廊下を走り去った。

 「篠崎、おい。篠崎?」

 「…あ、咲良先生。」

 呼ばれるまで気がつかなかった。何たる不覚。

 「今日もカッコ良い…」

 「要らんことは言うな。」

 ジロリと睨んだ高城先生の目を気にしながら、咲良は美園を廊下に押しやった。

 「部活計画書か…あー、駄目駄目。冬休みは活動なし、と。」

 咲良は書き込まれた計画日程に、大きなバツをつけた。美園は小さく舌打ちする。

 「酷い、横暴です!せっかくの生徒の熱意を。」

 「黙れ、夏休みもろくに活動してなかったろうが、結局、ペッラペラなレポート作ってよ…大体俺、年末は忙しいの!」

 「あら、どうしたの?」

 不毛な言い合いに、別の声が割り込んできた。
 「月代先生。」

 「あら、いいじゃないの。折角の生徒の熱意。」

 月代は、咲良の手から件の計画書を取り上げると、年末年始を除いた記載欄にマルを書き込んだ。

 「なっ…。」

 「はい、どうぞ。」

 彼女はそれを咲良に返し、意味深な笑みを浮かべて、ヒラヒラと手を振りながら去った。

 「へへへっ。」

 咲良先生の視線が彼女の後ろ姿を追うのは気に入らなかったが、案外いい先生ではないか。

 咲良はにやける美園に向かい、ちぇっ、と舌打ちした。

「仕方ないな、…ちゃんと部活やれよ。」

「はーい。」

 勿論、空返事である。