美紀がたじろぐその源は、目の前の日差し除けにあった。

珠希と正樹の思い出が其処にぶる下がっていた。


それは珠希が亡くなる前年の秋。
国民体育大会に出場する珠希の応援に行った時のことだった。

試合の会場に向かう前に、珠希が正樹にキスをせがんでいた。
勇気を……やる気を……
正樹から貰うためだった。


美紀が見ているとも知らずに……
正樹はそれに応じた。


珠希の激しいキスを目の当たりにした美紀は心を閉ざした。


(美紀見ていなさい。これが愛されるってことよ)

まるでそう言われているような感覚だった。

珠希は此処ぞとばかりに正樹の唇を貪った。


それを見せつけられた美紀は、恋しい気持ちを封印せざるを得なかったのだ。


美紀は既に、正樹を愛し初めていたのだった。

たとえ、それがどんなに苦しくても美紀は耐えなくてはならなかったのだった。

子供が産まれ、幾年かが経つ今でも珠希の愛は更に激しさを増していたのだった。




 試合を終えた珠希は、グランドに一礼した後真っ先に正樹の元へ向かった。
珠希が愛してやまない正樹の元へ。


そして誰にも見られていないことを確認した後で、又キスの嵐だ。


正樹のキスが珠希の疲れを癒す。


どんなストレッチやマッサージよりもそれは効果覿面だった。


だから珠希は正樹を貪欲に求めるのだ。


アイドル系プロレスラー平成の小影虎を独り占めしていると言う、優越感だったのかも知れない。




 そして二人で思い出の品を買った。


それが今目の前にあるチャームだった。


だからこれを見る度に美紀は苦しくなるのだ。

そして、父親である正樹を愛してしまったことを悔いるのだった。




 結局、美紀は正樹のの後ろの席に落ち着いた。


『其処は私の席』
珠希にそう言われたような気がして……

どうしても助手席に乗れなかったのだった。


「あれっ、其処で良いのか?」
正樹が寂しそうに言った。


「此処なら思いっきり眠れるからね」
美紀が嘘をつく。


(パパあれは、此処はママの席だから乗っちゃ駄目って言ってるようなもんだよ)

そう思う。
でも美紀はこの機会に、此処でこれからの自分の生きる道を模索しようと思っていた。


(私も……ママのように愛されたい……)


美紀はもがいていた。
自分が何故こんなにも、正樹が好きなのかも知らないままに。