綻びに気づいていた。

「行ってきます」

見ないフリが続きすぎて、埃を被ったそれは、もうあったことすら忘れられている。

部屋から出てこない弟。適当に朝食を取る父。既に出掛けた母。

返事が返ってこないのを知っていて、それでも外へ向かう扉に手をかけるとき、無意識に言葉がこぼれる不思議。


学校が終わって、雨の降り始めた金曜日の夕方。ふと思い付いて、前住んでいた家に行ってみることにした。

売り払おうとも思ったけれど、なかなか売れなかったようで、未だに私たちの手元にある、この家。
今日はここに泊まる、と家に一報入れてから、携帯の電源を落として階段を登った。


3階建て、クリーム色のこの家に住んでいたのは、もう6年も前。私がまだ小学生だった頃。一階は車庫と玄関と物置で、私はよく車庫から家に入っていた。

2階はリビングとダイニング、キッチン。3階には私たちが使っていた子供部屋と、両親が使っていた部屋がそのまま残っている。

長い間使われていなかった家は、埃だらけで、少し寂しそうだ。3階の自分が使っていた部屋に入って、机を見る。懐かしい。すぐ隣には、弟の机が並べて置かれている。

大きな窓にかかるカーテンの影に、掃除用具を見つけて、掃除をする気になった。少しずつ、物の配置を直したり、埃を払ったりしていくうちに。


懐かしいものを見つけた。


絵本が詰まった本棚。昔はよく、弟と二人で、ここの本棚から絵本を選んで読んでいた。隣で仲良く座って。楽しかった。今じゃ顔を合わすことも少ないのに。なんという差だろうか。


次に見つけたのは、家族写真。小学校の運動会。何を考えてるかわからない父も、いつも険しい顔をしている母も、俯いて何も話さない弟も、全部諦めたような顔をした私も、そこにはいない。ああ、こんなに幸せそうに笑える人たちだったのか。


最後に見つけたのは、幼い頃の宝物。机と机の間に落ちていた。大切なぬいぐるみ。もう鳴らないオルゴールが入っている。黄色かった表面は黒ずんで茶色くなっていて。ところどころに、何度も破けては直したあとがあった。これがないと眠れなかった。弟に破かれたときは大泣きした。覚えている。大切な贈り物。


どうでもいいと思っていた綻びを、直したいと思った。大切なぬいぐるみを、母さんがいつも直してくれたように。愛していたことを思い出したから。