「ヒョウ六って何? 名前?」


そうそう。思い出して聞いてみた。


「あー、リカコさんの元カレ」

「じゃなくて今の恋人」


オレが訂正すると、アズがしゅんとうなずく。


「兵藤六郎とかって名前やから、リカコさんがそう呼んでる」

「ふ~ん。アズは知ってるん、その人のこと」


あのリカコさんの心を、そんなにとらえて離さない男って、いったいどんなやつなんだろう?


「昔々な。まだリカコさんが結婚するずっと前に、紹介されたことがあるねん。なんか売れない詩人みたいな儚げな雰囲気の人やった」

「へぇ……。ええ男なん?」

「ぜ~んぜん! 中身も外見も、桂木さんの方が何百倍も上やしっ」


そう言うとアズは、キュッと唇を噛み締めた。



「がんばりや、アズ」

「え、何を?」

「別に」


いつかアズと桂木さんがうまくいくとして、今夜だけはそれを、心から祝福できる気がした。




翌夕、店入りすると、レジのカウンターに千円札が数枚置かれているのを発見した。

ペン立てで、小さなメモと一緒に押さえてある。

『黒霧 一本購入 桂木』

メモにはそう書かれてあった。

昨夜桂木さんは店中の掃除をして、焼酎を1瓶持ち帰り、家でひとり空けたんだろうか……。


想像すると、なんだかたまらなかった。