それだけだった。

それしか言わなかったけれど、この結果に至るまでに、桂木さんはどれだけ悩んだんだろう?


「すみません。わからんくせに口を挟んで」

「はは。なんでトシが謝るねん」


オレはときどき、桂木さんとしゃべってると、泣きそうになるときがある。

心がキレイで大きくて、優しい人……。

その度オレはこの人にはかなわないって思うんだ。




閉店後――。


「あとはやっときますんで、もうあがってください」


最後の客を送り出して、桂木さんに声をかけた。


「気ぃ使わんでもええで、トシ」


なんて、逆に気づかわれる。


「昨日までと何も変わらんねん。ハンコ押しても押さんでも、オレとリカコはもともと終わってたんやから」

「でも、」

「それにオレ、めっさ掃除したい気分やし」


そう言うと桂木さんはもう掃除を始める。

結局アズと三人で締め作業を終え、最後の最後はデッキブラシを持つ桂木さんをひとり残して、店を出た。


「大丈夫かなぁ、桂木さん」


自転車置き場へ歩きながら、アズがポツッと漏らした。


「あー……」


大丈夫じゃないやろ、って言いたかったけど言えなかった。

アズはあのふたりの会話を聞いてないし、桂木さんがどんな顔をしてリカコさんを見ていたのかも知らないから……。