――…さま。
――おい、草間。



誰かが自分を呼んでいる、はりのあるあらっぽい声で深い海の底から手が伸ばされる。

「こんなとこで寝てっとぉ風邪ひくぞ」

ぼんやりと目を開くと目の前にはどアップの桐野警部補の顔があった。うわっと飛び起きて座っていた椅子ががたっと倒れる。ここは京都の病院。桐野警部補の腹には真新しい白い包帯が巻かれている。その傷も死神草間が治療したこともあり骨には以上はないそうだ。
少しは安心するべきなのかそうじゃないのか。奥の病室では警備員たちや桐野の後輩が呪祖をくらい、激しい高熱や吐き気に悩まされ布団に臥している。そんな医者ただの風邪だと言いすぐに治ると言っていた。だから一度は安堵したものの、草間の話ではどうやら呪詛というのは元を叩かない限り解くことはできないらしい。桐野はぐっと胸がつまった。

≪呪詛≫それは人間の医者がいくら努力したところでこの病は治らない。一応≪退魔法≫を行なったがその場しのぎにしかならない。もとを絶たなくては、また瘴気が彼らの体を蝕んでいく。

「桐野警部補。この女性に見覚えはありませんか?」

草間は課長にもらった一枚の写真を桐野に見せる。桐野は暫く記憶の糸をめぐらせてからあっと声を上げた。

「この女だよ、昨日見たんだ。今は冬だっていうのに白い衣一枚はおっただけでさ。暫くみとれてたら、ぶわって見えない力で腹を突かれてそのまま…」

意識を失ったということか、間違いない呪祖を行なっているのはこの女性だ。なら吸血鬼事件はどうなる歯形だけでは男女の区別だってつきにくいだろうに。草間が「う~ん」とうなっていると病室のドアが開き診察に来た看護婦がおそろしげにあることを口にした。

「やっぱり『椿姫伝説』は実在するんだわ。……あなたたちもこれにこりて二度と彼処には近づかないことね。今度は怪我や熱だけじゃすまないわ」
「『椿姫伝説』って?」
「この貴船神社に伝わる言い伝えだよ」