桜咲く頃・・・オモフ

4月5日・・・桜が満開のニュース。

私は純子の病院へ行き外出願いをお母さんに出してもらいお母さんと三人で千鳥ヶ淵にタクシーで向かった。


純子はここ何日かでもう生死を彷徨っていたのだが、医者も責任は取れないと言いながら了承してくれたようだ。


武道館の前を過ぎた所で停車しタクシーを降りると靖国神社を背に千鳥ヶ淵をゆっくりと歩く。

お母さんは二人だけにしてくれた。

ボート乗り場で

『純子、元気になったらあれに乗ろう』

と手漕ぎボートを指差すと、

『うん・・・誠が漕いでね・・・』

精一杯の意地悪そうな顔をして純子が返答する。

『ああ、もちろん』

私も精一杯の返答で微笑んだ。

『綺麗だね、誠とここに来れたからもう思い残すこと・・・無いな・・・。死ぬ前にこんなに綺麗な桜が・・・見れた・・・そして誠に会えた。もう思い残すこと無いな・・・。』

静かに純子は言った。

今でも一字一句間違うことなく覚えている・・・。

後から付いてくるお母さんは時折、涙を浮かべていた。


車椅子に乗せて散策したあの日の桜はあまりにも綺麗で悲しかった・・・。

次の日・・・


純子は逝った・・・

逝く瞬間・・・純子が最高の笑顔を見せてくれた事を一生忘れない・・・。

私は今でも毎年千鳥ヶ淵を散策する。

一人で・・・

青春の1ページといえば輝かしいが、私には特別な厳粛な1ページ、いや、高貴な宝物・・・そんな気がする。


私には今、妻もいる。

しかし純子の事を一生忘れない。

絶対に次の世界では一緒になるから。



あの桜の木の下で・・・


       完