生温かい呼気が顔にかかる。
もう少し。もう少し。
もう少しで楽になる。
「――構わない。この子はいくらだ?」
「……っ!」
背後から聞こえた思いがけない言葉に、ぴたりと足が止まった。
ケルベロスの三つの口が、あと一歩届かないわたしの頭を食いちぎろうと、幾度も幾度も牙を鳴らす。
六つの赤い眼は、「餌」を焼き殺さんばかりに鋭く獰猛に光り続けている。
もう目と鼻の先。
あと少しなのに。
ずっと望んでいた死が、ここにあるのに。
「出て来い、ゴドーの旦那様がお買い上げだ」
命拾いしたな、と商人は再び檻の鎖と錠を外し、足が固まったまま動けないわたしを外へ引きずり出した。
手早く鎖付きの首輪が外され、拘束具すべてから解放される。
わたしを買った彼――ゴドーと呼ばれる男は、着ていたローブを脱ぎ、薄い布一枚しか纏わないわたしの体をふわりとくるんだ。
「これでサラに説教されずに済む。……急ごうか、もう夜が明ける」
檻の中で、餌を奪われてしまったケルベロスが首を振って暴れている。
鋼のような毛を逆立て、赤い眼でわたしを捉え、悲鳴を上げるように吼え続ける。
――モドッテコイ
オマエハ、ココデシヌベキダ
「わ、わたし――」
「見ては駄目だ。行くよ」
そんな化け物を見つめたまま硬直するわたしを、ゴドーはその白く細い腕でよいしょとローブごと抱え上げた。
そしてそのまま商人とケルベロスを残し、小走りで部屋を後にする。


