「……骨も残さず食べてくれるなんて、いい子ね」


さあ、お食べ。
願わくばどうかひと思いに、この息の根を止めておくれ。

腕を広げて、わたしは目を閉じた。


この命にはいかほどの価値があったろう。
この醜い人生には何の意味があったろう。

最期くらい幸せな思い出を、と記憶を巡らせてみたけれど、そんなものはひとつも浮かんでこない。


鉄の重い音が残酷に響き、檻の中に殺気が満ちる。
充満した淀んだ空気を切り裂くような咆哮が、わたしの体と、意識を覆った。









「――まだ祭はやっているか?」


そのとき、暗闇の中で声が聞こえた。
商人ではない、別の誰かの。

そっと開いた目を声のした方に向けると、開け放たれた鉄の扉の前に、漆黒のローブに身を包んだ長身の男が立っていた。
商人は慌てて檻から離れ、彼の元へと駆け寄って行く。

「これはこれは、ゴドーの旦那様じゃないですか! いやあ久方振りで! ええもちろん祭はまだやっておりますとも、何をご覧になります?」


「……”リリオメント”は、まだいるか?」


彼の静かな声が、確かな響きをもって耳に届く。
その声に引き寄せられるように檻の外側へと体を向け、格子を握ったわたしを、彼の深い翠の瞳が捉えた。