眠れぬ薔薇と千年恋慕

 


「……ロゼッタ」


わたしが小さな声で口にした名に、サラは少しだけ目を丸くした。
でもそれは一瞬のことで、彼女はすぐにまた目尻を下げ、「そう」と柔らかな笑みを浮かべる。


「ロゼッタ。とても素敵な名前だわ。――ロゼッタ、今日からここがあなたの家よ」


サラの手が、優しくわたしの髪を撫でた。
……そのぬくもりがあまりにも不思議で、信じ難くて。


弾けながら揺れる、暖炉の火。
ほんのりと甘いホットミルク。
わたしを愛しむ、手の平。
初めて口にした、自分の名前。

そして、広くて明るい――家。


今まで一度だってこんなことはなかった。
たった一日の内に、わたしの人生がひっくり返されていく。


わたしは買われてきた身だというのに。

惜しみなく与えることを、どうしてこの人は、躊躇わないの。



「……”リリオメント”って、何?」


その言葉を耳にしてからずっと、確かめたかったこと。

わたしの口から零れた問いに、彼女の穏やかな表情が僅かに強張る。
薄いブラウンの瞳が、真剣な色を帯びてわたしを見据えた。


「……リリオメントはね、若い人間の女の子たちのことで、簡単に言うと”彼ら”の食糧――すなわち血の補給源」


食糧。……その言葉に、心臓がどくりと脈打つ。

手が震える。あたたかかったマグカップが、少しずつ冷めていく。
サラは閉ざされた広間のドレープカーテンに目を向け、静かに続けた。




「彼は、――ジルベルトは、吸血鬼なのよ」