「林檎とシナモンのホットミルクよ。お口に合うといいけれど」
ぼんやりとカーテンを眺めていたわたしの隣に、女性が腰を下ろした。その手にはマグカップが握られている。
差し出されたカップを恐る恐る受け取り、すん、と鼻を近づける。
ほんのりと甘い香りのする湯気。
カップを包み込む手の平が、ほかほかとあたたかい。
わたしはそっと、そのミルクに口をつけた。
「どうかしら」
「……おいしい」
「ふふ、良かった。……彼は、もう寝室へ行ってしまった?」
ゴドーのことだろう。わたしは小さく頷く。……寝ると言っていたから、彼はきっと寝室へ向かったのだと思う。
女性はテーブルに置かれた空のグラスを見て、ほっと息を吐いた。
「今日はさすがに、ちゃんと飲んでくれたみたいね。毎日飲むよう言われているけれど……なかなか飲みたがらなくて」
独り言のように呟いた彼女は、わたしの方に向き直り、にこりと微笑んでみせた。
「彼は、ジルベルト・ゴドー。私はサラよ。ここには二人で住んでいるの。――あなたのお名前を、聞いてもいい?」
……名前。
わたしの、名前。
聞き覚えのある問いかけに、ふと、ひとつの光景が蘇る。
ピンクに白、それから、紅。
甘い薫り。翠の瞳。私の頬に、額に、触れたぬくもり。
ああ、そうだ。
彼女が、唄うように教えてくれた。


