ここが、ゴドーの家だろうか。
「おいで」
屋敷を見上げるわたしを、ゴドーが呼ぶ。
彼は塀に取り付けられた小さな鉄の門扉を押し開け、屋敷の中へ入ろうとしていた。
……その門扉は、三日間ずっと閉じ込められていた檻の扉に似ている。
寒くて暗い、孤独な、あの檻。
逃げるなら、きっと今だ。
足枷も首輪も鎖も外された。私の体を縛るものはもう何もない。今なら逃げられる。解放される。自由になれる。
怖いのならば、もう一度檻に閉じ込められてしまう前に。
逃げるべきだ。
逃げて、
自由になって、
それから、
……それから、わたしは一体どこへ行けばいい?
生まれた場所から遠く離れた、名前も方角もわからないこの土地。
当てなんてどこにもない。
誰かに匿ってもらうには、代償が要る。
帰る場所だってとうになくしているのに。
「……体を冷やすよ。おいで」
雨で、頭まで被ったローブはすっかり濡れてしまっていた。肌に張り付いた布地から刺すような冷たさが染み込んでくる。
じっと立ちわたしを待つゴドーも、同じように濡れていた。
「……」
足は開かれた門扉の方へと向いた。
ローブの裾をぎゅ、と強く握り込む。
……逃げなかったことを、わたしは後で後悔するだろう。
でも逃げても、きっと後悔する。
わたしには何もないから。
この弱々しい手と、震える足と、どんなに雨に降られたって流し落とすことのできないくらい、汚れのこびり付いた体。
……これが、わたしのすべて。


