――おやすみ、ロゼッタ。
少女の声が、遠く遠く、子守歌のようにわたしを包み込んでいく。
「……おやすみなさい」
彼女の手のぬくもりに。
花の薫りに。
その穏やかな揺りかごに体を預け、わたしの意識は深く深く、ゆっくりと、微睡みの中へ落ちていった。
「――着いた。起きて」
……どれくらいの間、そうして揺られていたのだろう。
ひょい、と頭に乗っていた帽子が取り上げられ、薄く目を開ける。
相変わらず固く閉ざされたカーテンの向こうからは、いつの間にかさらさらと微かに音が聞こえていた。
「雨が降ってる」
帽子を被ったゴドーは、わたしが纏ったローブの裾を引っ張り上げ、帽子の代わりにわたしの頭に被せた。
わたしはそっと、ローブに手を潜らせ髪を触る。――白いワンピースの彼女が差してくれた薔薇は、そこにはなかった。甘い薫りも、もうしない。
……あれは夢だ。わかってる。
あんなにきれいな庭をわたしは知らない。
わたしが知っているのは、
――買われてきたという、現実だけだ。
ゴドーに続いて馬車を降りると、雨が降り注ぐ中目の前に佇んでいたのは、煉瓦造りの大きな屋敷。
周りは鬱蒼と茂る木々に囲まれ、石積みの塀は所々崩れ落ち、黒ずんだ外壁はほぼ全体に渡って蔦が絡んでいて。
とても人が住んでいるとは思えないその外観は、灰色に淀んだ空も相まってなんだか薄気味悪い。


