それをわたしは、……知らない。
「……わからない」
名前の代わりに、そんな言葉を口にした。
「名前を呼ばれたことがないの、誰からも。名前を聞かれたこともなかった。……わたしに名前なんて、最初からないのかもしれない」
少女は少しの沈黙の後、静かに「そう」と頷いた。そしてまた、沈黙が訪れる。
……何も感じたことがなかった。
わたしを組み敷く者たちも、嘲笑う者たちも、親ですら、皆がわたしをお前と呼び、指をさした。
名前なんて必要なかった。
ならば、わたしは今まで、何者だったんだろう。
目に映るピンク、白、そして紅。
こんな花にもちゃんと名前があるのに。
わたしは。
わたしは、一体。
「……”ロゼッタ”はどうかしら」
「……え?」
不意に少女の唇が紡いだ言葉が、唄のように、優しく響く。
「ロゼッタ。あなたの名前。……この小さな花のように」
少女は目の前のアーチから紅い薔薇を一輪手折り、掬ったわたしの髪に添えた。
甘い薫りと少女の白い手が、ふわりとわたしの頬を包む。
「愛が、あなたに在りますように」
花がほころぶように少女は笑い、わたしの額に口付けた。
握った手も、触れた唇も、髪に咲いた一輪の薔薇も、すべてが優しく、あたたかい。
わたしは目を瞑る。


