不意に、ぽたりとローブに水滴が落ちた。
ひとつ、またひとつ。
彼のあたたかな漆黒を濡らしては、溶けるように吸い込まれていくこれは、
――わたしの、涙か。
呼吸はやがて小さな嗚咽に変わり、揺れる火の下で静かに静かに耳へと響いた。
ずっと、寒かった。
繋がれた鎖も足枷も冷たかった。
人が檻に飾られ玩具のように買われていくあの異様な光景に吐き気がした。
あと一歩でよかったのに。
声が聴こえた瞬間、足が竦んだのは、
怖かった。
こわかったんだ。
生きることよりも、死ぬことが。
ローブで顔を隠して泣くわたしの頭に、ゴドーは何も言わず、自分の傍らに置いていた黒い帽子を被せた。
……もう、夜は明けただろうか。
夜と変わらず体に血は通ったまま。
心臓は動いたまま。
こんなふうに誰かと朝を迎えるなんて思いもしなかった。
馬車は無様な死に損ないを乗せ、ただただ夜明けの道を進んでゆく。


