リビングを出て行く彼の背中が寂しそうに見えた。

薬を服用し始めたおばあちゃんには大した変化が見られていない。

薬はそう簡単に効いてはこない。

二週間ほど継続して飲み続けても進行を抑える効果があるだけで、記憶が改善する訳ではない。

……それでも、薬は飲み続けなければ意味がない。

初診の際に出してもらった薬は二週間分。
久城さんが出張から帰ってきたら、また武内のいる病院へ受診に行かないといけない。


この間はたまたま主治医がいなかったから彼が診たけど、次は先生を指定してきたから大丈夫な筈。


もう二度と顔を見ることはない。
思い出したくもない夜の記憶に、怯えることもなくなるんだ…。




ーー初夜は、あの2日目の朝以来お預けになったままだった。
あからさまに彼を避けてると思われないよう、毎晩おばあちゃんと一緒に眠った。

玄関マットの上で眠り込んでる理由を聞かれ、咄嗟におばあちゃんの為だと弁解したけど違う。


……ホントは、彼に一番に会いたかったから。

あの体に抱きついて、ふわっと心を包まれたかった。


だけど、昼間の緊張から直ぐに眠くなってしまう。

膝を抱え込みながら、なかなか戻ってこない彼を待つのは辛い。


本来は癒しになるであろう場所は、今や薔薇の棘でできたお城みたいな雰囲気で、チクチクとあたしの胸を刺す。

おばあちゃんがいろんな失敗をする度に、イラっとくる自分を抑えるので精一杯。

二度と施設での自分を繰り返さないように…と、そればかりを気にして過ごしてた。