社へ戻ると受付の女の子達が騒ぎ出す。

「ねぇあの人かっこ良くない?」
「本当、あんなイケメンうちに居た?」

受付を通り過ぎると今度は他の課や部の女性陣が騒ぎ出す。
恭之助さんはメガネを外したままで社に戻って来てしまったので皆が騒ぎ出してしまった。
でも恭之助さんは何も気にしていないようでただ前を歩いて行く。
そしてエレベーターを待ってる間も無言のまま何を考えているのだろう?
エレベーターの扉が開き乗り込むと二人っきりだったので、下の名前で呼んだ。

「恭之助さん?恭之助さん❢」

「あっごめん、ちょっと考え事してた」

「眼鏡はいいの?」

「あっ」恭之助さんは眼鏡を掛けていつもの冴えない恭之助さんに戻る。

あれだけ騒がれるなら恭之助さんが言っていたことが分かるような気がする。
それに今となっては社に居る間は冴えない恭之助さんでいて欲しい。
開発室に戻ってくると、木ノ下君にお兄さんに助けられた事を話した。

「へーキョウハルの再来か?」と木ノ下君が言う。

一緒に話を聞いていた玲美ちゃんも「なにキョウハルって?何が来るの?」と聞く。

あの人達もキョウハルって言っていた。
それもとても驚いて居たみたいだけどなんの事だろう?

「ねぇ?木ノ下君キョウハルってなに?」

「キョウハルって言うのは葉瀬先輩と兄貴の事なんですよ!ふたりは伝説になってるんですよ!」

「一郎太!余計な事話すな!」

木ノ下君が興奮気味に話していると恭之助さんが話を止める。

「葉瀬先輩、行くんですよね?俺も連れて行ってください。俺、伝説のキョウハル見たいっす!」

「あのな…」

目を輝かせている木ノ下君を恭之助さんは呆れる。
恭之助さんは玲美ちゃんに本当の姿を見られてからこの開発室にいる時だけは本当の自分の言葉で喋るようになった。

「昔の事は忘れろ!俺達はもう社会人なんだよ馬鹿な事はしない。お前も馬鹿なこと言ってないで仕事しろ!」

それからは皆仕事に戻り話は終わった。
でも…私は気になっていた。
終業時間になると帰る支度をして社を出ると先ほどのカフェの前で恭之助さん達を待つ事にした。
『昔の事は忘れろ』恭之助さんが言っていた昔の事ってなんだろう?
『馬鹿な事はしない』馬鹿なことって…?

「あれ?碧海ちゃん?」

「春樹さん」

「どうしたの誰かと待ち合わせ?恭之助は今日はデート出来ないと思うよ?」と春樹さんは微笑んで言う。

「あの…伝説のキョウハルって何ですか?私気になって…」

「あー参ったなぁ…昔の事何だよ?碧海ちゃんは知らないほうが良いんじゃないかな?今の恭之助だけを見てあげれない?って言っても気になるか…んー…」

春樹さんは少し困った顔をしたが私が諦めないと分かったようで道端では話す話じゃないからとカフェに入ることにした。
春樹さんはひとつため息をついてから話してくれた。

「最初に言っとくけど、恭之助は本当に良いやつだよ?それに碧海ちゃんに惚れてるからね!俺と恭之助は学生時代馬鹿やっていてさ」

春樹さんは話しづらそうに苦笑しながら話す。

「自分で言うのも何だけど俺達結構イケてて女の子が放っとかなくてさ、いつも女の子をはべらせていたんだ。恭之助と俺がクラブに行くと男連れで来てる女の子も声掛けてくるほどでさ、でも一緒にいる男は面白く思わない訳で、俺達も馬鹿だったから売られた喧嘩は買うわけ、腕っ節も良かった方だからそれが伝説になったって事、恥ずかしい話だよ…ひいちゃったよね?」

「…いえ、話してくれて有難うございました」と頭をさげる。

「碧海?」

恭之助さんの声がして振り返る。

「恭之助、悪い昔のこと話した…」と春樹さんが右手を顔の前に出し謝る。

恭之助さんは深いため息を吐いて私の隣に座る。

「ごめんなさい…私が無理に聞いたの…」

「良いよ本当の話だ、碧海には聞かせたくなかったけどな…仕事中も気にしていたから話さないとダメかなって思ってた。碧海、俺の事嫌いになったか?…」

恭之助さんは不安そうな顔をする。
私は顔を横に振る。

「私は今の恭之助さんを好きになったの、だからどんな話を聞いても嫌いにならないよ!」と恭之助に微笑む。

「碧海、有難う」

恭之助さんは安心した顔を見せ私の手をそっと握る。

「恭之助?なんならこの後の事俺一人で行って来ても良いけど?」

「いや、俺の妹になる子の事だからな行くよ!」

春樹さんが笑って言うと恭之助さんは真面目な顔で答える。

妹になる子の事だから?
朱音の事だよね?

「恭之助さん!」

「碧海、心配しなくても良いよ一郎太にも言ったけど馬鹿な事はしないよ!」

「一郎太がなに?」と春樹さんが聞く。

「あいつキョウハルの再来とか言って一緒に連れて行けって騒いでたよ」

「あいつは馬鹿か?いつまで学生気分なんだ…」

恭之助さんと春樹さんは苦笑して呆れているようだ。
今の二人を見ていると本当に馬鹿な事はしないと信じる事が出来る。

「恭之助さん、春樹さんも気を付けて行って来て下さいね?よろしくお願いします」と私は微笑んで二人を送り出した。

家に帰ると木理子さんが迎えに来てくれる前に朱音が迎えに来てくれた。
たぶん、私が帰ってくるのを待っていたのだろう?

「お帰りなさい…」

「ただいま」

「お姉様…あの…」

朱音は今日の事を話そうとしてるのだろう?
ここではそんな話出来ない。
お父様やお母様の耳に入れ心配させたくない。
恭之助さんも心配させるだけだから言わなくて良いと言っていた。

「朱音ちょっと良い?」

朱音を私の部屋へ呼んで話すことにした。
朱音は私の後から部屋へ入ると

「お姉様、ごめんなさい…本当にごめんなさい…」

「朱音、もういいわ反省してるんでしょ?」

朱音は黙って頷いた。

「今、恭之助さんと春樹さんが、あの人達の所に行ってくれてるの、家も知られてるからまた現れるかもしれないからって、話をしに行ってくれてる」

「え?」

「大丈夫よ、恭之助さん達に任せましょ、終わったら連絡してくれる事になってる」

「お姉様…」

朱音は電話が掛かってくるのが気になっているよう様だった。

「良いわここに居なさい。恭之助さんの電話が掛かってくるまで」

それから1時間ほどして恭之助さんから電話があった。
無事に話が着いたと…
朱音は安心して自分の部屋に戻って行った。

「恭之助さん、本当に何もなかったの?さっきは朱音が居たから聞けなかったけど、本当に大丈夫なの?」

電話では顔が見えないぶん心配になる。

『碧海、心配し過ぎ』と笑っている。

「ならいいけど…朱音の為に本当に有難う、春樹さんにも改めてお礼言わないといけないわね?」

『あぁ今度一緒に食事する事になってるから、碧海も一緒に行こう?』

「うん、じゃまた明日おやすみなさい」と電話を切った。